CadenceLIVE Japan 2026レポート:ソニーがAIエージェントを評価、設計者支援では早期実用化の可能性
2026年7月17日、Cadenceは東京ミッドタウンでプライベートイベント「CadenceLIVE Japan 2026」を開催した。
ここでは、同イベントでソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社が発表した、RTL設計・検証向けエージェントAI「ChipStack AI Super Agent」の評価事例を紹介する。
「ChipStack AI Super Agent」については、株式会社本田技術研究所も同イベントで評価結果を発表している。ホンダが仕様からRTL生成、検証までをつなぐAIドリブンなSoC開発フローに注目したのに対し、ソニーは、既存の開発業務のどの領域であれば比較的早期に実務へ導入できるかという観点から評価を行った。
両社では評価の視点が異なっており、AIエージェントの実用性と今後の課題を考える上で興味深い事例となっている。
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講演に登壇したのは、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社 モバイルシステム事業部 MS設計開発1部10課 シニアベリフィケーションメソドロジマネージャ 風間 英樹氏。講演タイトルは「AI Agentと人が協調する設計・検証へ~ChipStack評価を通じて見えた活用領域と今後の期待」だった。

人間が確認しやすい4つの領域を評価
風間氏が発表したのは、「ChipStack AI Super Agent」を評価し、製品開発のどの領域であれば比較的早い段階から実務に導入できるかを検討した事例である。
今回の評価では、大規模なRTL生成や最終製品の品質に直接関わる検証は対象外とした。代わりに、AIが生成した結果を人間が比較的確認しやすい、以下の4領域に評価対象を絞った。
・仕様レビュー
・既存RTL解析
・設計者検証
・RTLリファクタリング
風間氏は講演の冒頭で評価の結論を示し、AIに設計を全面的に任せるのではなく、人間の調査や判断を支援させる用途であれば、比較的早期に活用できる可能性が高いと説明した。
以下、各評価の内容を紹介する。

1.仕様レビュー
最初の評価テーマは、仕様書のブラッシュアップにAIを利用できるかというものだった。評価では、有効画像から特徴点を抽出する回路を題材に、アルゴリズム仕様、機能仕様、実装仕様を「ChipStack AI Super Agent」に読み込ませ、仕様の不足や不整合を抽出させた。
その結果、「ChipStack AI Super Agent」は、以下のような問題を指摘した。
・出力座標が元画像基準か、切り出した画像基準かが不明確
・特徴点が一つも見つからなかった場合の動作が曖昧
・複数の特徴点が同時に見つかった場合の出力順が未定義
風間氏によると、これらはいずれも実際の設計で問題になりやすいポイントだという。仕様書をブラッシュアップする用途に加え、テストプランを作成する前段階の仕様レビューにも有効と評価した。
なお「ChipStack AI Super Agent」使い方としては、AIから提示された質問に人間が回答し、その内容を仕様書へ反映させることも可能とのこと。一方で、AIが指摘した内容や修正案が、本来の設計意図と一致しているかどうかについては、最終的に人間が確認する必要があるとした。
2.既存RTL解析
次のテーマは、資料や開発環境が十分に残っていない過去のRTL資産を流用する際に、AIを活用できるかというものだった。評価では、仕様書が十分に残されていないシリアライザー回路のRTLとテストベンチを入力し、以下の情報を生成させた。
・機能仕様書と実装仕様書
・ブロック図とステートマシン図
・テストベンチの利用方法
・テストシナリオの説明
・シミュレーション実行手順
「ChipStack AI Super Agent」が生成した仕様書は、RTLの記述を単純に説明したものではなく、入力から出力までの回路動作をまとめた内容となっており、既存資産を理解する上で有用だったという。
また、「処理中に再度スタート信号が入力された場合はどうなるか」といった質問に対しても、AIはRTLの内部構造を根拠に回答することができた。資料が残っていない検証環境についても、「どのコマンドで動作させるのか」、「どこを変更すればテストを追加できるのか」といった情報の調査に活用できたという。
さらに、「ChipStack AI Super Agent」は、シミュレーター向けオプションの変更、パスの修正、ファイル形式の変換などにも対応し、古い検証環境を現在の環境で再実行できる形に修正することもできたと風間氏。最終的な確認は人間が行う必要があるものの、設計者がRTLやテストベンチを一人で調査するよりも、AIと対話しながら解析した方が効率的だと風間氏は評価した。
一方で、生成されたブロック図やテストベンチの構造図については、線の交差が多いなど視認性に問題があり、人間が配置を細かく指示して修正する必要があることを指摘した。
3.設計者検証
3つ目の評価テーマは、新規設計したブロックを設計者が短時間で動作確認する、初期検証への活用である。評価では、画像の拡大・縮小回路を対象に、以下の一連の処理を「ChipStack AI Super Agent」に依頼した。
・テストプラン作成
・テストベンチ生成
・シミュレーション
・不具合解析
・RTL修正
・再検証
・報告書作成
評価対象となったRTLは、別の汎用AIによって生成されたもので、処理中に入力されたスタート信号の扱いに不具合が含まれていた。しかし、その汎用AIが作成したテストプランには、この不具合を検出するためのテスト項目が含まれていなかった。
これに対して「ChipStack AI Super Agent」は、処理中に入力されたスタート信号が正しく無視されるかを確認するテストを作成し、不具合の検出からRTLの修正までを実行することができた。ただし、シミュレーション担当とUVM担当のエージェント間で処理を引き継げず、人間がコマンドを実行しなければならない場面もあった。複数エージェント間の連携は今後の課題であるとした。
風間氏は、「ChipStack AI Super Agent」が仕様や設計構造を「メンタルモデル」として保持しているため、単発的にコードを解析する汎用AIと比較して、仕様全体を踏まえたテストを作成しやすい可能性があると指摘した。「メンタルモデル」は、「ChipStack AI Super Agent」の特徴的な機能で、設計対象となるチップのアーキテクチャや仕様、設計構造をAIが理解するための内部モデルとして作成・運用される。

4.RTLリファクタリング
最後の評価テーマは、複雑化したRTLや不要になった回路を整理するリファクタリングへの活用である。評価対象には、画像の拡大・縮小回路を使用した。この回路には2タップ・フィルターと4タップ・フィルターの両方が実装されていたが、評価では設定を固定し、2タップ・フィルターだけを使用する状態に変更した。
その上で、以下の処理を依頼した。
・使用されなくなった4タップ処理の削除
・冗長な論理の削除
・修正内容のレポート作成
・修正前後の等価性検証
「ChipStack AI Super Agent」は不要な論理を削除したものの、本来であれば削除できるSRAMを残したまま、作業が完了したかのような結果を提示した。そこで、人間がSRAMについて具体的に指示すると、AIは追加でSRAMを削除した。この結果から、AIは一見もっともらしく見えるものの、不完全な結果を完了済みとして提示する可能性があり、RTLリファクタリングにおいても人間によるレビューが不可欠であることが確認された。
また、SRAMを削除すると、修正前後でメモリ構造やデータパスが変化するため、回路全体をフォーマルに等価性検証することが難しくなった。フォーマル検証ツール「Jasper SEC」による検証は当初収束しなかったが、「ChipStack AI Super Agent」は、検証対象と手法を以下のように分割することで対応した。
・SRAMを含まない部分はフォーマル検証を実施
・制御回路も可能な範囲でフォーマル検証を実施
・データパスはランダムシミュレーションで確認
「ChipStack AI Super Agent」が単一の検証方法に固執するのではなく、設計変更の内容に応じて複数の検証手法を組み合わせた点は、評価できる結果だったと風間氏は評した。
比較的早期に活用できる領域
今回の評価から、「ChipStack AI Super Agent」は、以下のような領域で比較的早期に実務へ導入できる可能性があると結論付けられた。
・仕様の不足や曖昧さの抽出
・過去のRTLやテストベンチの解析
・失われたドキュメントの再生成
・初期的なテストプランの作成
・設計者による初期検証の支援
・冗長論理の削除と検証方法の提案
特に有効と考えられるのは、AIに最終判断を委ねるのではなく、設計者が行ってきた調査、文書化、テスト準備、問題分析といった作業を支援させる使い方である。
一方で、今回の評価では次のような課題も明らかになった。
・AIの出力を人間がレビューする必要がある
・不完全な作業を完了したように提示する場合がある
・生成される図の品質や視認性が十分ではない
・複数エージェント間の連携が不十分
・大規模設計における効果は確認されていない

将来はEDA内外のエージェントを統合
風間氏は講演の最後に、EDAツール内の設計・検証タスクだけを自動化しても、開発全体の効率化には不十分であることを指摘。実際の半導体開発では、設計・検証以外にも様々な作業が存在するため、将来的には、「ChipStack AI Super Agent」のようなEDA領域のエージェントと、バグ管理やスケジュール管理などを担当するEDA外のエージェントを、さらに上位のAIエージェントが統合・制御する形が期待されるとし、その実現には、AIエージェントがさまざまな開発システムやツールへ接続するための「Agent Skills」やMCP(Model Context Protocol)のような、オープンな連携基盤が重要になると付け加えた。

なお、講演後の質疑応答で「ChipStack AI Super Agent」と汎用AIとの差について問われた風間氏は、今回の小規模な回路の評価では差が出ないケースもあったが、設計規模が大きくなるほど、仕様や設計構造を保持するメンタルモデルの効果が高まる可能性があると回答した。
今回のソニーセミコンダクタソリューションズによる評価は、AIエージェントの現実的な導入方法を示す事例といえる。現時点の「ChipStack AI Super Agent」は、設計者に代わって設計・検証を完全に自動化する存在というよりも、「設計者の協働相手」としての価値が大きいようだ。
AIの出力にはまだ不完全さが残り、人間によるレビューは欠かせない。それでも、結果を人間が確認しやすい領域から活用を始めれば、設計現場で多くの時間を費やしている作業を効率化できる可能性がある。ソニーの評価結果は、Agentic EDAを実際の設計現場へ導入するための、現実的な第一歩を示したものといえそうだ。




