今年のDACの主役はAgentic EDA〜AIを活用したチップ設計の転換点に
今月26日から29日までカリフォルニア州ロングビーチにて、半導体の設計にフォーカスした国際学会「DAC(Chips to Systems Conference)2026」が開催される。
DACは半導体チップの設計技術にフォーカスした国際学会で、ACM (Association for Computing Machinery) とIEEE (Institute of Electrical and Electronics Engineers) が主催し、ACMの設計自動化に関する特別グループ (SIGDA)とIEEEの電子設計自動化に関する評議会 (CEDA) がサポートしている。
今年で63回目の開催となるDACの歴史において、ロングビーチでの開催は今回が初めてとなる。開催地の変更は単なる会場変更ではない。AIによって半導体設計の対象や手法、さらには設計エコシステム全体が大きく変わりつつあることを象徴するイベントとして、DAC 2026を印象付ける狙いがあるように見える。主催者も今年を、AIがチップおよびシステム設計を再定義する「転換点」と位置付けている。

第63回DAC 2026では、AIを活用した設計への注目が急速に高まることを受け、リサーチ・トラックとエンジニアリング・トラックの両方でセッション数が拡大。今年は昨年を上回る計550を超える技術セッションが行われる予定で、うち40%がAI関連のセッションとなる。(EDA Exoressによる調べ)ちなみに今年のDACのリサーチ・トラックでの論文採択数は、投稿数の約30%程度だったということだ。
併催される展示会には計100以上の企業・団体が出展予定。うち33社は初出展で、AIに特化した企業が計15社が含まれている。DACのホームページを見ると分かるが、チップ設計にも押し寄せているAIの波を反映し、イベント・スポンサーの顔ぶれが大きく変わった。かつてはCadence, Siemens(旧Mentor Graphics), Synopsysが業界御三家としてプラチナ・スポンサーに君臨していたが、今年の主要スポンサーの顔ぶれは以下の通り。全13社のうち8社(*印)がAI系の新興ベンダだ。
プラチナ・スポンサー:
Bronco AI*
ChipAgents*
Normal Computing*
SIEMENS
ゴールド・スポンサー:
Voltai*
シルバー・スポンサー
Agentrys*
Architect Labs*
Cadence
Keysight Technologies
Ricursive Intelligence*
Synopsys
ブロンズ・スポンサー:
Amazon LEO
VerifAIX*
■キーノート・スピーチ(基調講演)
DACのオープニングを飾るキーノート・スピーチは、7月27日月曜日から29日水曜日まで、毎日午前9時から行われる。今年のキーノートは下記の3人が登壇。2025年のノーベル物理学賞受賞者John Martinis氏による、超伝導量子コンピュータの講演、Qualcomm TechnologiesのCTOによる、AIチップからデータセンターまでを見据えたあるべき設計自動化に関する講演、UC Berkeley名誉教授Jan M. Rabaey氏によるブレイン・マシン・インターフェース(BMI)に関する講演と、いずれも興味深い。これらのキーノートは、DACに参加できない人でも、後日YouTubeの「DACtv」で視聴できる可能性がある。
・John Martinis, CTO & Co-Founder, Qolab and 2025 Nobel Laureate in Physics
「基礎科学から超伝導量子コンピュータの構築へ」
・Dr. Baaziz Achour, EVP and CTO, Qualcomm
「新たなAI時代の設計自動化:AIチップからデータセンターまで」
・Jan M. Rabaey, Professor Emeritus, UC Berkeley
「生命を工学する―生物学とテクノロジーが交わる場所」

■SKYトーク/Techトーク
DACの「SKYTalk」は、業界の経営層や技術リーダーによる「ミニ基調講演」で、半導体・EDA業界の大きな変化や今後の方向性を語る企画。今年の「SKYTalk」は下記の4セッションが行われる予定。いずれもチップ設計の現場視点で注目されている話題と言えるが、共通するのは、「AIの要求に対応するために半導体設計とEDAを拡張する必要がある」というメッセージだ。
・Timothy Costa, General Manager and Vice President of computational engineering, NVIDIA
「AIスーパーコンピューティングとEDAの融合:チップとシステム設計の未来を加速する」
・Lalitha Immaneni, VP, Semiconductor Research & Development, APTM, Intel
「シリコンからシステムへ:AIパフォーマンスの原動力としてのヘテロジニアス・インテグレーション」
・Dr. Huiming Bu, VP, Global Semiconductor, IBM Research
「7nmから7Åへ:過去を振り返り未来を見据える」
・Artour Levin, VP, AI Silicon Engineering, Microsoft
「高性能AIアクセラレータ構築におけるEDAの可能性」
DACの「TechTalk」は、展示会場内のDAC Pavilionで行われる、業界の専門家による実践的な技術解説セッションで、特定の設計技術や業界課題を技術的かつ具体的に掘り下げる講演が多い。今年の「TechTalk」は下記の3セッションが行われる予定。いずれもAIエージェントを利用した半導体設計がテーマとなっている。従来のEDAツールにAI機能を追加するのではなく、AIエージェントを中心に設計フローそのものを組み直そうとしている点が重要だ。
・Amit Gupta、Siemens EDA Senior VP, EDA AI and Custom IC
Da Yang, NVIDIA Senior Director of Product
「ツールからエージェントへ―完全自律型EDAワークフローの実現」
・Jeffrey Z. Pan, Bronco AI Co-Founder&CTO
「完全なAIネイティブEDAスタックに向けて」
・William Wang, ChipAgents.ai Founder&CEO
Nimay Shah, Analog Devices Senior Director of Verification, Implementation & Validation
「期待から実効性へ―エージェントAIは現在のチップ設計のどこで価値を生んでいるのか」
■テクニカル・セッション
昨年は注目するAI関連論文を個別にピックアップして紹介したが、今年はAI関連の発表が非常に多い。そこで、注目するAI関連セッションをスプレッドシートにまとめた。興味のある方は下記のダウンロードファイルを参照していただきたい。
なお、テクニカル・セッションから選ばれる今年の「DAC Best Paper Awards」の候補は計6件。このうち3件は、LLMを活用した半導体設計手法に関する研究となっている。
■注目企業
最後にDACの展示会に出展する101の企業・団体の中から、面白そうなソリューションを提供する注目企業をここで紹介させて頂く。今年は初出展の企業が多く、EDA業界に押し寄せるAIの波を展示会でも感じることができる。
Agentrys, Inc.
Cadence、Synopsys、SiemensなどのEDAツールをAIエージェントに操作させ、RTL設計、検証、アナログ設計、物理設計を自動化するプラットフォーム
Architect Labs
アーキテクチャ探索、ソフトウェア、RTL生成、フォーマル検証までを一貫して自動化するAIチップ設計基盤「Ada」
Ascendra Networks
AIエージェントやEDA処理など、負荷変動の大きいワークロード向けに、CPU/メモリ資源を稼働中に動的変更する「適応型コンピュート基盤」
BeyondMath
物理法則を学習した生成AIで、流体・熱・構造シミュレーションと設計最適化を最大1,000倍高速化する「AI版CFD/CAE」基盤
Caspia Technologies
生成AIを使ってRTL/SoC設計のセキュリティ脆弱性をテープアウト前に検出・検証する「半導体向けセキュリティEDA」
Future Intelligence Labs
複数のAIエージェントで仕様からRTL生成、検証、PPA最適化、GDSまでを自動化する、AIネイティブな半導体デザインサービス会社
GoldsmithAI
HWとSWの協調設計を横断的に支援する「AI設計アシスタント」
Mach42
アナログ回路のSPICEシミュレーションをAIで高速化するEDAツール
Normal Computing
仕様書から検証環境を自動構築する「AI検証エージェント」。VCSやXceliumと連携し、仕様と各テストの対応関係を自動管理できる
Ricursive Intelligence
Google DeepMindでAIによるチップ配置技術「AlphaChip」を生み出したメンバーが設立したAIラボ。3億ドル超の資金を集め、「チップ設計を高速化・自動化するAIプラットフォーム」を開発。
Silimate
AIでRTL設計のバグ解析・修正とPPA予測/最適化を自動化し、フロントエンド設計の収束を高速化する「チップ設計コパイロット」
VerifAIX
仕様書とRTLの不整合をAIで洗い出し、検証計画、UVMテストベンチ、アサーション生成からカバレッジ収束までを自動化する「エージェント型検証基盤」
■今年のDACは、、、
今年のDACで注目すべき点は、AIがEDAツールの一機能として利用される段階から、設計フロー全体を動かす主体として位置付けられ始めていることだ。もちろん、Agentic EDAはまだ発展途上にあり、実用化に向けて解決すべき課題は少なくない。また、AIエージェントにどこまで設計判断を委ね、どこから人間が責任を持つのかという役割分担も、今後の重要な論点となるだろう。
それでも、今年のDACでは、テクニカル・セッション、SKYTalk/TechTalk、展示企業の多くが、明らかに同じ方向を指しているように映る。それは、AIを既存の設計フローに追加するだけではなく、AIエージェントを中心に設計プロセスそのものを組み直し、さらにチップ単体からチップレット、先端パッケージ、ソフトウェアを含むシステム全体へと設計対象を広げていく方向である。
DAC 2026は、EDA業界が「設計にAIを利用する」段階から、「AIを前提として設計プロセスを再構築する」段階へ踏み出す転換点として、記憶されるイベントになるかもしれない。Agentic EDAが一時的なブームに終わるのか、それとも半導体設計の基本的な進め方を変える新たな標準となるのか。その行方を占ううえでも、今年のDACは極めて重要なイベントとなりそうだ。





