Synopsysがカスタム・シリコン向けIPで新たな事業モデル、Amazonと10億ドル超のIP契約
2026年9月30日、SynopsysはAmazonとの間で、カスタム・シリコン開発に関する複数年の戦略的IP契約を締結したと発表した。
発表によると今回の両社の契約規模は10億ドル超。SynopsysとAmazonは15年以上にわたり協業しているが、今回の契約ではAmazonによるSynopsys IPの利用範囲を拡大し、新たに「Application-Optimized IP(AOIP)」を提供する。また、SynopsysのEDA、Simulation & Analysis、Agentic AI技術の利用も拡大するという。
「標準IP」から「用途最適化IP」へ
今回の発表で特に注目したいのが「Application-Optimized IP(AOIP)」というSynopsysの新たなIP事業モデルだ。
従来の設計IPビジネスは、PCI ExpressやDDR、USBなどの標準規格に対応したIPを開発し、多数の半導体メーカーへライセンスする横展開のビジネスモデルが基本となっている。
これに対して「Application-Optimized IP(AOIP)」では、特定顧客のワークロードやシステム・アーキテクチャに合わせてIPやIPサブシステムを最適化する。
Synopsysは同日に開催した投資家向けのイベント「Investor Day」で、従来型の標準IPビジネスを「Factory 1」、「AOIP」を提供する新しいビジネスを「Factory 2」と位置付ける発表を行なっている。
AIの普及によってハイパー・スケーラーやシステム企業による独自チップ開発が増える中、SynopsysはインターフェースIP、システム技術、エンジニアリング能力を組み合わせ、用途に最適化したIPプラットフォームを提供していく構えだ。
なお、今回のAmazonとの契約では従来のIPライセンスだけではなく、「ライセンス+ロイヤリティ」モデルが採用される。つまりSynopsysはIPを提供して終わるのではなく、そのIPを搭載したカスタム・シリコンの生産規模が拡大することで追加収益を得られるモデルへと踏み込む。Amazonは、この新しい「AOIP」事業におけるSynopsysのリード・カスタマーとなる。
EDAだけでなくAgentic AI、Multiphysicsまで利用拡大
AmazonはSynopsysのAIを活用したEDA、物理シミュレーション、Agentic AIソリューションの利用を拡大するほか、Amazonのエンジニア向けにカスタムAgentic AI機能を共同開発する計画だ。
これにより、チップやシステムの設計、解析、最適化、検証といった一連のエンジニアリング・フローをAIで効率化することを狙う。
Ansysを傘下に収めた現在のSynopsysにとって、半導体設計だけでなく、熱、構造、流体、電磁界などを含めたシステムレベルの解析までをカバーできることは大きな強みとなっている。特にAWSのようにチップ、サーバー、ネットワーク、ソフトウェアまで垂直統合して設計する企業にとっては、EDAとマルチフィジックスをまたいだ最適化の重要性は今後さらに高まると考えられる。
Synopsys自身もAWSとBedrockを利用
なお、Synopsys自身もIPやEDAツールの開発を高速化するためAmazon EC2やAWSのクラウド・ストレージを採用するほか、Amazon Bedrockを利用したAIアプリケーションやAIエージェントの開発・展開を進めている。
さらにSynopsysとAmazonは、Synopsysのマルチフィジックス・ソリューションをTrainiumおよびGraviton上で高速化する計画も明らかにしている。
つまりAmazonはSynopsysの「顧客」であると同時に、SynopsysのAI/EDA開発を支えるコンピューティング基盤の「提供者」にもなっている。この相互利益の関係が今回の大型契約へと繋がったとみて間違い無いだろう。
カスタムシリコン時代にIPベンダーの役割も変わる
今回のAmazonとの契約は、Synopsysにとって単なる大型IPライセンス契約以上の意味を持つ。
AIデータセンターの拡大に伴い、Google、Amazon、Microsoftなどのハイパースケーラーをはじめ、システム企業自身が用途に最適化した半導体を開発する動きが加速している。
これまでIPベンダーは、標準規格に準拠したIPを半導体メーカーに提供する存在だった。しかしカスタム・シリコンが増えれば、求められるのは単なる「規格準拠IP」ではなく、特定のシステムやワークロードに合わせてPPAや接続性まで最適化されたIPとなる。
Synopsysは「AOIP」を通じて、従来のIPベンダーから、顧客のカスタム・シリコン開発により深く入り込むパートナーへとその役割を広げようとしている。
同社はInvestor Dayにおいて、すでにCompute、ASIC、AI Connectivity分野で複数のAOIP顧客を獲得していることも明らかにしており、Amazonとの契約はその代表的な案件という位置付けだ。
AIによって半導体そのものが用途特化へ向かう一方で、そのチップを設計するためのEDAやIPビジネスもまた、「汎用品を提供するモデル」から「顧客のシステムに合わせて最適化するモデル」へ変わり始めている。
Synopsysの売上構造、IP事業におけるインパクト
Synopsysの設計IP事業は2025年度に17.5億ドルを売り上げ、全社売上の約25%を占めるすでに大きな事業であり、IP市場では約22.5%のシェアを持つArmに次ぐ世界第2位のIPベンダーとなっている。
「AOIP」は、すでにIPライセンス市場で強力なポジションを築いたSynopsysが、ロイヤリティという巨大な収益機会を本格的に取り込み、「IPを売る事業」から「顧客のカスタム・シリコン事業の成功とともに収益が拡大する事業」へIP事業構造を変えていく戦略とも見ることができる。
今回のAmazonとの契約は、10億ドル超という契約規模以上に、カスタム・シリコン時代に向けたSynopsysのIP事業の方向転換を象徴する発表と言えそうだ。

日本シノプシス合同会社
= EDA EXPRESS 菰田 浩 =
(2026.10.05
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