GoogleがOpenROAD Initiativeに参加、オープンソースEDAの活用を後押し
2026年8月11日、Googleは、オープンソースEDAの普及・発展を推進する非営利団体「OpenROAD Initiative(ORI)」にPrincipal Memberとして正式参加したことを発表した。
発表によると、Principal MemberはORIの最上位メンバーシップで、GoogleのHardware Toolchainsチームに所属するAaron Cunningham氏がORIのGoverning Boardに参加。今後Googleは、組織の戦略や財務面での持続可能性、技術的な方向性にも関与していく。
ORI側もGoogleの参加について、「オープンソースEDAエコシステムを成長させるための安定した長期的なガバナンスと財務基盤につながる」として歓迎している。
今回の動きは、Googleが2019年頃から継続してきた「Open Silicon」の取り組みを、EDAツールを含むより広い設計基盤へと発展させる動きと見ることができそうだ。
RTLからGDSIIまでを自動化するOpenROAD
「OpenROAD」は、RTLからGDSIIまでのデジタル設計フローをオープンソースで実現するプロジェクトだ。論理合成後のフロアプランニング、クロックツリー生成、配置配線、寄生抽出、タイミング解析などを統合し、「24時間以内、No-Human-In-Loop」でRTLからGDSIIまで処理することを大きな目標としている。
「OpenROAD」は、米国DARPAが2018年に開始したプログラムから生まれた。UC San DiegoのAndrew B. Kahng教授を中心に、Arm、Qualcomm、複数の大学などが参加し、半導体設計にかかるコストや専門知識への依存を下げることを目指して開発が進められてきた。
その後、2023年にはOpenROAD Initiativeが独立した非営利団体として設立。2025年からは米National Science Foundation(NSF)の支援も受け、研究プロジェクトから持続可能なコミュニティ型EDA基盤への移行が進められている。
現在では、Googleが支援したEfablessのMPW Shuttleなどを通じて、「OpenROAD」ベースのフローによる600件以上のTapeout実績がある。また、RTL-to-GDSIIフロー全体を自動化する環境「OpenROAD-flow-scripts」では、オープンPDKだけでなく、GF12、Intel 16/22nmなど非オープンPDKを利用したフローにも対応している。
「Open Silicon」に取り組んできたGoogle
Googleは2019年頃から、RTL/IP、検証ツール、EDA、PDK、製造環境まで、チップ開発に必要な各レイヤーをオープン化する「Open Silicon」の取り組みを段階的に進めてきた。
主な動きを時系列で整理すると以下のようになる。
- 2019年:CHIPS Allianceの設立に参加
Esperanto Technologies、SiFive、Western Digitalなどとともに、Linux Foundation傘下の「CHIPS Alliance」の創設メンバーとして参加。RISC-V CPU、IP、EDA、検証ツールなど、チップ設計に関わる技術のオープンソース化を推進した。 - 2019年:OpenTitanをスタート
セキュリティ用Root of Trustをオープンソースで開発する「OpenTitan」を開始。RTLだけでなく、Verification環境、Firmware、Documentationなども公開し、商用品質のOpen Siliconの実現を目指した。 - 2019年~:SystemVerilog開発環境「Verible」をOSS化
Googleが開発したSystemVerilog向けのParser、Linter、Formatter、Language Serverなどからなる「Verible」をオープンソースとして公開。その後CHIPS Allianceへ寄贈し、コミュニティによる開発へ移行。 - 2020年:SkyWaterの130nm PDK「SKY130」をオープンソース化
SkyWater Technologyと協力し、130nm CMOSプロセス「SKY130」のPDKを公開。オープンソースEDAから実際の半導体製造へつながる環境を整備。 - 2020年~:Efablessと無償MPW Shuttleを展開
RTL-to-GDSII統合設計フロー「OpenLane」を開発したEfablessと連携し、Open PDK + OpenROAD/OpenLane + 無償MPW Shuttleという環境を構築。大学、個人、スタートアップなどが、商用EDAライセンスを持たなくてもRTLから実際のSiliconを製造できる仕組みを実現。 - 2022年:GlobalFoundriesの「GF180MCU」PDKを公開
GlobalFoundriesと協力し、180nm MCUプロセス「GF180MCU」のPDKをApache 2.0ライセンスで公開。Open Siliconで利用できる製造プロセスの選択肢を広げた。 - 2023年:Open PDKをCHIPS Allianceへ移管
SKY130やGF180MCUなどのOpen PDKを、Google中心の取り組みからLinux Foundation傘下のCHIPS Allianceへ移管。特定企業に依存しないコミュニティ主導の開発・運営へ移行。 - 2026年3月:SystemVerilog関連OSSを「SV Tools Project」に統合
CHIPS Allianceが「SV Tools Project」を立ち上げ、Google発の「Verible」を含むSystemVerilog関連ツールを一つのプロジェクトとして整備。フロントエンド設計・検証環境のOSS化もさらに進んだ。 - 2026年3月:OpenTitanが実製品へ
「OpenTitan」をベースにNuvotonが製造したセキュリティ・チップがChromebookへの搭載を開始。Open Siliconの取り組みが研究・開発環境だけでなく、実際の商用製品へと広がった。
またGoogleは、Antmicroなどとともに「Caliptra」などのOpen Siliconプロジェクトでも、オープンソースの論理シミュレータ「Verilator」やHDL向けテストフレームワーク「cocotb」を利用したCIベースのRTL検証環境の整備に関わっている。
こうして時系列で見るとGoogleは、RTL/IP → 開発・検証ツール → EDA → PDK → 製造と、チップ開発に必要な環境を段階的にオープン化してきたことが分かる。
今回のOpenROAD Initiativeへの参加は、こうした一連の取り組みの延長線上にあると言えるだろう。
GoogleはなぜOpenROADを支援するのか?
Googleは今回、OpenROAD Initiativeへの参加を通じて重点的に支援する分野として、以下を挙げている。
- 中立的なガバナンス
- エコシステムの拡大
- 半導体人材育成
- CI/CD環境の強化
- 対応PDKの拡大
- User Experienceの改善
また、GoogleのDrew Wingard氏(Director of Silicon Infrastructure, Tools and Methodology)は、「最先端のSilicon Researchには堅牢で、内部を確認でき、再現可能なToolchainが必要」とコメントしている。
ここから見えてくるのは、Googleが自社のチップ設計を「OpenROAD」へ置き換えるという話ではなく、「OpenROAD」を透明で再現可能なEDA基盤として研究、デザイン探索、教育、新しいEDAアルゴリズムの検証などに活用すると言う狙いだ。
つまり、Googleにとって「OpenROAD」は単なる無料のバックエンド・ツールではなく、EDA研究やAIエージェントから自由に操作できる実験プラットフォームとしての価値を持ち始めているということではないだろうか?
Agentic EDA時代に高まるOSS EDAの価値
「OpenROAD」自身も現在、AI/LLMベースのチップ設計を新たな重点領域として掲げている。
例えば、AIを利用したPPA最適化やデザイン探索では、EDAエンジンを何百回、何千回と繰り返し実行することがある。商用EDAでこうした大規模探索を行う場合、ライセンス数や計算環境が制約になりやすい。
一方、「OpenROAD」のようなオープンソースEDAであれば、多数のEDAジョブを並列実行し、大量のデザイン候補を探索する環境を比較的構築しやすい。さらにPython APIや機械学習向けのデータ構造を利用し、強化学習やLLM AgentからEDAフローを直接制御することも可能だ。
Agentic EDAが広がっていけば、AIからプログラム的に操作でき、内部状態を確認できる透明性の高いEDA環境の価値はこれまで以上に高まる。そういった意味で、「OpenROAD」はAgentic EDAと相性の良いEDAプラットフォームの一つと見ることができる。
そして、こうした「OpenROAD」の価値を象徴するような動きがEDA業界でも起きている。
Siemensは2026年7月20日、米Precision Innovationsを買収すると発表した。
関連ニュース:Siemens、Precision Innovationsを買収へ、OpenROADベースのAIチップ設計探索技術を獲得
Precision Innovationsは、「OpenROAD」をベースにAIを利用したチップ・プランニングやデザイン探索ツールを手掛けており、Siemensは同社の技術を取り込み、SoC設計の上流段階でPPAや実現可能性を高速に評価できる環境を構築する計画だ。
かつてオープンソースEDAには、商用EDAを購入できない大学や個人が利用する「無料ツール」というイメージが強かった。しかし現在では、「OpenROAD」のようなOSSを基盤に、その上に商用技術やAIを組み合わせるという活用モデルが生まれ始めている。
将来的に「OpenROAD」のようなOSSが商用EDAを置き換える可能性は現時点では低いと思われるが、商用EDAとOSS EDAが対立するのではなく、両者を組み合わせて使う方向へと進みつつあり、OSS EDAが商用EDAの下や横に存在する共通基盤になる可能性は十分にあると言えるだろう。
今回のGoogleによるOpenROAD Initiativeへの参加と、SiemensによるPrecision Innovations買収という二つの動きは、「OpenROAD」が研究者向けのOSS EDAから、AI時代の半導体設計を支える実用的なインフラへと役割を広げ始めていることを象徴する出来事と言えそうだ。
Google Open Souce
= EDA EXPRESS 菰田 浩 =
(2026.08.18
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