EDA/チップ設計分野で存在感を増すNVIDIAがAgent Toolkitを拡張~EDA各社が活用
2026年7月26日、NVIDIAは、エンジニアリング向けAIエージェントの開発基盤「NVIDIA Agent Toolkit」を拡張したことを発表した。
今回の発表は、米カリフォルニア州ロングビーチで7月26日から29日まで開催されている半導体設計自動化分野の国際会議「DAC 2026」に合わせたもの。NVIDIAはAgent Toolkitに物理AIライブラリ「NVIDIA PhysicsNeMo」と、GPUアクセラレーション・ライブラリ「CUDA-X」を組み込み、チップ設計、検証、パッケージ、PCB、半導体製造などに対応する自律型AIエージェントの開発を支援する。
AIエージェントから設計・解析ツールを利用可能に
「NVIDIA Agent Toolkit」は、AIエージェントを業界固有のツール、AIモデル、データに接続し、専門的な作業を自律的に実行させるための開発基盤である。今回の拡張では、「PhysicsNeMo」をAIエージェントから呼び出せるライブラリ群として再構成したほか、「CUDA-X」ライブラリを追加した。
これまでNVIDIAは、EDAツールをGPUで高速化するための計算基盤を提供してきた。今回のAgent Toolkit拡張では、それらの高速ソルバーをAIエージェントがツールとして呼び出し、解析の設定、実行、結果の評価、条件変更、再実行までを自律的に繰り返す構成を目指している。
これはNVIDIAの役割が、単なるGPUハードウェアの供給から、AIモデル、エージェント開発環境、数値計算ライブラリ、CPU/GPU基盤を一体で提供する、Agentic EDAの共通プラットフォーム・ベンダへと変わりつつあることを示している。
RTL設計向け大規模言語モデル「Nemotron 3 Ultra」
NVIDIAは今回、独自の推論モデル「Nemotron 3 Ultra」のチップ設計への適用についても強調している。
NVIDIA Researchが開発するハードウェア設計エージェント「ACE-RTL」と「Nemotron 3 Ultra」を組み合わせた評価では、複数のRTL生成タスクを含むVerilog設計ベンチマークにおいて、オープンモデルの中で高い性能を示したとしている。
「Nemotron 3 Ultra」は、企業独自の設計データを使って追加学習でき、オンプレミス環境にも導入できる。設計データやIPを外部クラウドに出せない半導体企業でも、社内環境でモデルをカスタマイズし、RTL設計・検証向けAIエージェントを構築できる点をNVIDIAはアピールしている。
Cadence、Synopsys、Siemens EDAは、「Nemotron 3 Ultra」を利用するための実行環境やエージェント機能をそれぞれ提供する。このためユーザー企業は、NVIDIAの「Nemotron 3 Ultra」を直接利用するだけでなく、既存の商用EDAフローを通じて利用できるようになる。
Cadenceはパッケージ、PCB設計まで自律化
Cadenceは、「Nemotron 3 Ultra」、「CUDA-X」、GPUアクセラレーテッド・コンピューティングを、パッケージ/PCB設計向けAIエージェント「Cadence AuraStack AI Super Agent」と「Cadence Millennium M2000」に組み込む。
「AuraStack AI Super Agent」は、設計初期の構想・探索から、パッケージおよびPCBの設計、解析、サインオフまでを自律的に進めることを目指す。Cadenceによると、NVIDIAのアクセラレーテッド・コンピューティング基盤を利用することで、マルチフィジックス解析を最大20倍高速化するという。
Cadenceはすでに、RTL設計・検証向けの「ChipStack」、アナログ設計向けの「CircuitStack」、デジタル実装向けの「DesignStack」など、チップ設計工程をカバーする複数のAI Super Agentを展開している。今回の協業は、AIエージェントによる設計自動化だけでなく、EDAツールを動かす計算基盤にも及ぶ。フォーマル検証ツール「Cadence Jasper」を含むCadence製品群を、NVIDIAの次世代CPU「Vera CPU」向けに最適化する取り組みも進められている。
SynopsysはAgentEngineerとNVIDIA基盤を統合
Synopsysは、「Synopsys AgentEngineer」に「NVIDIA Agent Toolkit」、「NVIDIA NIM」、「Nemotron 3 Ultra」、「NeMo Gym」、「NemoClaw」などを組み込み、チップおよびシステム設計向けのAIエージェント・ワークフローを構築する。
「AgentEngineer」は、設計仕様やユーザーの目標を理解し、必要な作業を分解したうえで、複数のEDAツールを実行する自律型エンジニアリング基盤である。RTL検証やアナログ/ミックスドシグナル設計など、長時間にわたってツールの実行と結果の評価を繰り返すワークフローへの適用が想定されている。
またSynopsysは、NVIDIAの反復型疎行列ソルバー「cuISS」をシミュレーションに適用するユースケースを開発するほか、論理シミュレータ「Synopsys VCS」をNVIDIA Vera CPU向けに最適化し、機能検証の処理性能向上を図るという。
Siemens EDAは複数ツールをAIエージェントで統括
Siemens EDAは、「NeMo Gym」、「Nemotron 3 Ultra」、「CUDA-X」を「Siemens Fuse EDA AI Agent」と組み合わせる。
「Fuse EDA AI Agent」は、半導体、3D IC、PCB、システム設計にまたがる複数のツールとAIエージェントを統括し、設計の構想段階からサインオフまでを自動化するための基盤である。
AIエージェントが生成した設計や判断をそのまま採用するのではなく、「Questa」、「Calibre」、「Solido」などの既存EDAエンジンを利用して結果を検証し、必要に応じて処理をやり直す自己検証型のワークフローが特徴となる。
Siemensによると、「Solido Characterization Suite」に適用したエージェント型ワークフローでは、セルライブラリのキャラクタライゼーションを10倍以上高速化すると同時に、AIモデルのトークンコストを10分の1以下に削減できたという。
ChipAgentsは半導体設計専用モデルを強化
大手EDAベンダ以外では、半導体設計向けAIスタートアップのChipAgentsがNVIDIAとの協業拡大を発表した。
ChipAgentsは、半導体設計に特化したAIモデル/エージェント・システム「Renoir」の開発に、NVIDIAのAIソフトウェアとアクセラレーテッド・コンピューティングを利用する。
同社は「NVIDIA Agent Toolkit」を使って、チップ設計・検証専用のAIエージェントを構築するとともに、「Nemotron 3 Ultra」を半導体設計データでファインチューニングする。対象には、デバッグ、フォーマル検証、カバレッジ解析など、設計・検証工程を横断する複雑なワークフローが含まれる。
Cadence、Synopsys、Siemens EDAが自社の商用EDAツールとNVIDIA基盤を統合するのに対し、ChipAgentsは複数ベンダのEDAツールをまたいで利用できる、半導体設計専用のAIモデルとエージェント層を構築しようとしている。
NVIDIAが既存EDA大手だけでなく、こうしたAIネイティブな新興企業にも共通基盤を提供していることは、今後のAgentic EDA市場を考えるうえで重要なポイントだ。
Silvacoは大規模なデバイス/光解析をGPU化
Silvacoは、NVIDIAのアクセラレーテッド・コンピューティングを、デバイス・シミュレータ「Victory Device」に適用する。
発表によると、NVLinkで接続した32基のNVIDIA GPUを利用し、32億メッシュノードからなるフォトニック・エッジカプラの3次元解析を4時間未満で完了した。NVIDIAとSilvacoは、CPUベースの計算環境では現実的な時間やメモリ容量で処理することが難しい規模のシミュレーションだとしている。
Silvacoとの取り組みは、回路やRTLよりも上流に位置する、半導体デバイス、シリコンフォトニクス、製造プロセスのモデリングをGPUで大規模化するものだ。
Keysightは電磁界解析を最大10倍高速化
Keysightは、NVIDIAの直接型疎行列ソルバー「cuDSS」を利用して、電磁界シミュレーションを最大10倍高速化する。
電磁界解析では、パッケージやPCB、高速インターフェース、RF/ミリ波回路の大規模化に伴い、解析対象となる行列のサイズも拡大している。「cuDSS」を利用することで、EDAツール内部の数値計算をGPUに移し、解析時間の短縮を図る。
ここでも重要なのは、AIエージェントとは別に、そのエージェントが呼び出すEDAソルバー自体もNVIDIAのGPUライブラリで高速化される点である。
SamsungとTSMCは製造、材料解析にNVIDIA技術を適用
半導体メーカーでは、SamsungがNVIDIAの計算リソグラフィ・ライブラリ「cuLitho」とCUDA-Xを利用し、計算リソグラフィを最大20倍高速化する。
Samsungは「PhysicsNeMo」を用いたチップスケールの熱応力解析にも取り組み、最大100億セルからなる解析領域を、従来の数値ソルバーに近い精度で処理するとしている。
また、Samsung、Synopsys、TSMCは「cuEST」をGPUアクセラレーテッド・パイプラインに統合し、主要な量子化学計算を最大50倍高速化する。材料、プロセス、デバイスの開発に必要な原子・分子レベルの計算まで、NVIDIAのGPU基盤に取り込む狙いがある。
EDAを利用する企業から、EDA基盤を支える企業へ
NVIDIAは、自社製GPUの設計にCadence、Synopsys、Siemens EDAなどの商用EDAツールを利用する、世界最大級の半導体設計企業である。その一方で近年は、GPU、CUDA-X、AIモデル、AIエージェント基盤をEDAベンダや半導体メーカーに提供し、チップ設計・製造環境そのものを支える企業としての存在感を急速に高めている。
今回のAgent Toolkit拡張によってNVIDIAは、チップ設計分野で次の要素を一通り提供することになる。
・AIエージェント用の基盤と実行環境
・RTL生成・検証に利用できるオープンAIモデル
・モデルの学習、追加学習、最適化環境
・回路、デバイス、電磁界解析を高速化するGPUライブラリ
・AI推論とEDAツールを動かすGPU/CPUプラットフォーム
各EDAベンダが保有するEDA技術や設計フローは、容易に代替できるものではなく、NVIDIAがEDAベンダを直接置き換える可能性は現時点では低いが、Agentic EDA時代のチップ設計を見据えて共通インフラを押さえようとしているのは間違いない。
AIエージェントが複数の設計ツールを横断して利用する時代には、モデル、計算基盤、エージェント実行環境を提供するNVIDIAも、EDAエコシステムの競争構造を左右する重要なプレイヤーになる可能性があり、3大EDAベンダをはじめ、専門EDAベンダ、AIスタートアップ、半導体メーカーがそろってNVIDIAの技術を採用している事実は、GPUとAIを中心にチップ設計環境が再編されつつあることを示している。
NVIDIAは、AIチップ市場を牽引する半導体メーカーであると同時に、「AIでチップを設計するための基盤」を提供する企業として、今後EDA分野でさらに存在感を増していきそうだ。

NVIDIA
= EDA EXPRESS 菰田 浩 =
(2026.07.29
)




