Design Solution Forum 2024 開催レポート

約3ヶ月前の2024年10月25日、川崎市コンベンションホールにて、ハードウェア設計および組み込みソフト開発分野のエンジニア向けセミナー・イベント「Design Solution Forum 2024(以下、DSF2024)」が開催された。

DSF2024 公式ホームページ

※DSF実行委員長 河邊氏

今回で11回目の開催となるDSF2024には1,300名を超える参加登録があり、当日参加者はオンライン参加も含めて1,000名を超えた。

少々時間が経過してしまったが、DSF2024で行われたセッションや各種特別企画についてレポートする。

■基調講演:「AIと半導体 」エヌビディア合同会社 愛甲 浩史氏

今年の基調講演は、生成AI需要により一気に半導体業界のトップに登り詰めたNVIDIAのエンタープライズマーケティング部門 シニア マーケティング マネージャ 愛甲氏が登壇。同講演は聴講者が計600名以上となる一番人気の講演だった。

※NVIDIA 愛甲氏

愛甲氏は講演の前半でAI技術の進展や半導体業界への影響について述べ、生成AIの現状や課題、そして技術トレンドを紹介。日本におけるAI技術の進展が遅れている現状を指摘した。また、市場を凌駕する同社のGPUと合わせてDPU「BlueField」についてもデータセンターにおける活用事例を絡めて紹介。同事例を踏まえ、HPCにおいてはハードウェアだけではなく「ハードウェアとソフトウェアの組み合わせと最適化が重要である」と語った。

興味深かったのはNVIDIAが実際に行っているAIを使った半導体開発の話。一つは「計算リソグラフィー」の話で、莫大な計算(スパコン利用で1ヶ月といったレベル)を必要とする計算リソグラフィーをGPUで短時間で処理するために、AI技術を用いて最適化した演算ライブラリ「cuLitho」を開発。これを用いることでマスク作成で劇的な成果をあげているとのこと。もう一つはチップ設計用の独自生成AIの話で、NVIDIAでは設計に関する過去の不具合情報を学習させた生成AI「ChipNeMo」を設計アシスタントとして活用し、設計生産性の向上を図っているという。

※愛甲氏の講演スライド

これら話を踏まえ、愛甲氏は「AIと半導体の設計は今後より密接なものになる」と強調。チップ設計における積極的なAI活用を提唱して講演を終えた。

※基調講演の様子

■最優秀講演「AI技術活用によるハードウェア設計生産性改善の取り組み」 ルネサス エレクトロニクス株式会社 開本 晃司(ヒラキモト コウジ)氏

ルネサス エレクトロニクス株式会社 HPCデザインイネーブルメント統括部 デザインイネーブルメント部 部長 開本氏の講演は、聴講者による投票でDSF2024の最優秀講演賞に選ばれた。

※ルネサス エレクトロニクス 開本氏

開本氏によると、ルネサスでは開発期間の半減を目指しており、その一つの手段としてAI/ML技術の活用を検討中。設計者に依存している仕様策定で発生するバグに着目し、そこにAIを活用できないかと取り組みを始めた。EDAツールへのインプットデータの品質を上げれば劇的な改善に繋がるというのが根本的な考えだ。

※開本氏の講演スライド

具体的には、AIを使った仕様書のチェックで仕様の品質を高めていく「仕様書の壁打ち」、RTLやSDCタイミング制約、UPFパワー制約などの自動コード生成などを検討しており、アーキテクチャ探索につもAIを使えないか技術調査を進めているという話。

課題としては、妥当性、信頼性、半導体設計に特化したモデルの構築、計算リソース、技術の秘匿性担保・著作権などを挙げ、これら課題について開本氏は業界全体で知見を活かして解決を図っていきたいと述べた。

「変化を恐れず挑戦を続けることで未来を切り開いていこう」、講演を締め括った開本氏の熱いメッセージが印象的だった。

■最優秀スポンサー講演「フォーマル検証ユーザ必見! ~フォーマル検証の力を引き出すための第一歩~」

東芝情報システム株式会社 LSIソリューション事業部・ソリューション第三部・グループ エキスパート 窪田 能昌(クボタ ヨシマサ)氏の講演は、聴講者による投票でDSF2024の最優秀スポンサー講演賞に選ばれた。 

窪田氏は20年以上フォーマル検証に携わっているという検証エキスパート。フォーマル検証は決して簡単ではないとした上で、そのメリットを引き出すためのノウハウを語ってくれた。

窪田氏によると、東芝情報システムでは「共通フォーマル実行環境」なるものを用意し、誰もがすぐに、そして繰り返しフォーマル検証を使えるようにしているとのこと。同環境はフォーマル検証ツールの設定、実行、解析、レポートを自動化しており、SVAの開発効率アップ、ヒューマンエラーの低減、レビューの効率化などに役立てているという。

また、仕様記述に必要な特定のプロパティをライブラリ化したり、FIFOなど検証モデルの生成に使用する共通パーツを用意するなど、フォーマル検証を使い易くする工夫も行っているという話だった。

なお窪田氏は、人材の育成は品質向上、工数削減に連動するとして、フォーマル検証を使える人材の育成が重要と語り、合わせてフォーマル検証しやすいRTLを設計することや、フォーマル検証を使いながらRTLを設計することが大きな成果を産むと強調。そういった方向に設計者のマインドが変わることが大事であるとした。

講演の後半では幾つかの成功事例とともに、フォーマル検証の裏技的な使い方も紹介。セミナーのスポンサーという立場でありながら、設計現場の生のノウハウが詰まった非常に貴重な講演だった。

※窪田氏の講演資料

以下、DSF2024にて行われた招待講演の一部をご紹介していきます。

■ハードウェア設計/検証関連の講演

一般社団法人 OpenSUSI 代表理事 岡村 淳一(オカムラ ジュンイチ)氏:オープン・ソース・シリコンの可能性とその背景

※OpenSUSI 岡村氏

日本のFabを使ったオープンソース・シリコンのプラットフォームを作りたいと岡村氏。そのモチベーションはハードウェア設計者の育成で、日本でも深刻化している設計者不足が根底にある。岡村氏は設計者の育成にはチップ設計を経験してみることがものすごく重要と主張。半導体エコシステムを持つ日本の優位性を活かして、その間口を多くの人達に拡げていきたいと熱語った。興味のある個人、企業、団体は、ぜひOpenSUSIにアクセスして頂きたい。

東京科学大学 科学技術創成研究院 特任教授 栗田 洋一郎(クリタ ヨウイチロウ)氏:チップレット集積技術の最新動向

栗田教授は、チップレット集積プラットフォーム・コンソーシアムの中心メンバーの一人。コンソーシアムの活動内容と合わせてチップレット界隈の現状と展望を語ってくれた。

※東京科学大学 栗田教授

栗田教授がトレンドとして挙げた話で興味深かったのは、現在はTSMCのCoWoSで有名なシリコン・インターポーザーから日本が開発したRDLインターポーザーへと集積技術が変わりつつあるという話。なおコンソーシアムとしては、コストが安くて信頼性が高いPSB(Pillar-Suspended Bridge)というインターポーザーに代わる方式を提案しているとの事。なお、PSBは円形のシリコン・ウエハではなく低コストで信頼性も高い角形のパネルでも製造可能。NVIDIAも今後パネル製造を計画しているという話で、パネルは今後トレンドになるかもしれないと指摘した。

九州工業大学大学院
生命体工学研究科・脳型計算機システム研究室 田向 権(タムコウ ハカル)氏/吉岡 莞汰(ヨシオカ カンタ)氏:脳型計算機システムの理論からアプリ応用まで~FPGA実装からASIC化への挑戦~

田向教授は、AIを全てのモノに実装することを目指し「エッジ指向型 脳型計算機システム」の基礎研究と応用技術の開発を行っている人物。九州工業大学 田向研究室の開発したロボットAI技術は、ロボット競技会「RoboCup」世界大会で今年を含めて通算6度の優勝を誇る。

講演では研究室の吉岡氏とともに、AIロボットの低消費電力化を見据えたハード化の事例として、アニーリング・マシンのFPGA化とASIC化に関する話をしてくれた。

※九州工業大学 吉岡氏

田向研究室で開発したCBMアニーリング・マシンは優れたアーキテクチャにより、FPGA実装で世界最高の処理速度を実現。その性能は少し型の古いGPUよりも500倍以上高速というもの。次なるステップとして実施したASIC化では、当初想定した半分程度の性能しか出なく回路規模も4,5倍になってしまったが、ASIC向けにデザインを最適化することで所望の性能を実現。一連の経験からアプリケーション特化型ASICの開発には、システム設計まで含めた全体最適化が図れるエンジニアが必要だと吉岡氏は語った。

■AI関連の講演

SOINN株式会社 代表取締役 CEO 長谷川 修(ハセガワ オサム):超省演算で高機能な AI 群とその実装

元東工大の教授であるSOINNの長谷川氏は、一般的なディープラーニングとは異なる脳の側頭葉をモデル化した独自の超省演算AIについて話をしてくれた。

※SOINN 長谷川氏

競合学習という教師なしの手法で開発したSOINNのAIは、重要な情報だけ覚えてそれ以外は効率よく忘れることで少ない演算で高精度な推論を実現する。連想記憶を模擬できる同AIを利用すると例えばロボットに言葉で指示することなどが可能になるという。なおSOINNのAIはニューロンを可視化・分析することが可能で、ニューロンを編集することで学習してないことを実行させることも可能。更に「転移学習」と呼ぶSOINNの特許技術を使えば学習データの転移が可能で、例えば同じ学習データを用いてスペックの異なるロボットに同じ動きをさせることができるようになるという。

膨大な電力を必要とせず短時間で学習可能なSOINNのAIは世界的にも注目されているようで、同社の今後には注目したい。

国立研究開発法人産業技術総合研究所 情報・人間工学領域 チーフ連携オフィサ 杉村 領一(スギムラ リョウイチ):エンジニアリングが開くAIの可能性と課題

杉村氏はAI国際標準化の日本代表を務める人物。今回は70分の特別講演として、現在進行形で進んでいる世界のAI規格化について解説してくれた。

※産総研 杉村氏

AIの標準化に関しては、様々な国、組織が多様な動きをしているが、杉村氏が指摘した一つのキーワードは「国レベルのデータの囲い込み」。AIを作るためのデータの重要性の認識が高まっているという。パラダイムが変わる時は言葉遣いや言葉の意味が一気に変わることがあるが、今はまさにAIによるパラダイム・シフトのフェーズにあると杉村氏は語った。

講演の最後には「日本の再生に向けて」という切り口で自身の経験をもとに示唆に富んだ話を披露。

「Devil's Advocate」と呼ばれる「みんなが同じことを言い出したら危険、あえて違うことを考えてみよう」という考え方の話、米国で一般的な議論のためのルール「Robert's Rules」の話などを織り交ぜながら、日本の再生はまず忖度のない活発な議論と人材育成からと熱弁した。

■ソフトウェア開発関連の講演

株式会社ヒューマンクレスト 技術推進本部 本部長 浅黄 友隆 (アサギ トモタカ):ソフトウェアテスト自動化の「今」を考える

浅黄氏はWeb、モバイル系ソフトウェアの自動テストを専業とする企業のエンジニア。これまで20年以上取り組んできたというソフトウェアテスト自動化の変遷とこれからについて語ってくれた。

※ヒューマンクレスト 浅黄氏

かつてはテストにコストをかければ品質が上がるが製品のデリバリーが遅くなると言われていたが、自動テストにより品質を上げると同時にコストが下がり、製品デリバリーも早くなったと浅黄氏。それらの要因として、プロセス、スコープ、スピード、組織など様々な変化を挙げ、新しい技術をどんどん取り込み技術トレンドを追いかけることが重要であるとした。

Tani Takenobu:組み込みエンジニアのための『プログラマーのためのCPU入門』

Tani氏の講演は同氏の著書「プログラマーのためのCPU入門」(ラムダノート社)の内容をベースとしたもので、聴講者による評価が2番目に高い講演だった。

書籍に興味のある方はラムダノート社から書籍を購入できます。
ちなみにDSF2024に特別参加頂いたラムダノート社によると、セミナー当日の即売会で「プログラマーのためのCPU入門」は20冊以上売れたという。

※Tani氏の意向により、講演写真は掲載致しません。

※Tani氏の講演資料

株式会社デンソー ソフト生産革新部 キャリアエキスパート 岩井 明史(イワイ アキヒト):クラウドで車載ソフト開発?オープンソースを活用したSDV仮想環境の紹介

岩井氏はデンソーでSDVの先行開発を進めている人物。SDVという潮流をとりまく現状や自動車業界におけるオープンソースの動向と合わせて、クラウド・ネイティブ開発に関する同社の取り組みを紹介してくれた。

※デンソー 岩井氏

岩井氏はクラウド・ネイティブ開発の課題を克服する手法として、UCバークレーが開発したオープンソースのモデリング言語「Lingua Franca」を利用。時間の概念を持ち決定的なアプリケーション・コードをモデル化できるという「Lingua Franca」を活用すれば、セーフティ・クリティカルなSDVアプリケーションをクラウド環境で開発・検証できるとし、その開発フローのデモを見せてくれた。

岩井氏によると自動車業界ではオープンソースの利用が活発化しているという話だったが、岩井氏の講演はそれを肌で感じるものだった。

その他にもセミナーでは数々の講演者が登壇。5つの講演会場で計45セッションが行われた。

※講演者の皆様:シーズ後藤様(左上)、アスラテック吉崎様(中央上)、Intellectual Highway貞末様(左下)、シノプシス岩本様(中央下)、EETech三橋様(右下)

※講演者の皆様:リコー南雲様(左上)、Bocek沖村様(中央上)、NTTデータMSE谷口様(左下)、リコー高橋様(中央下)、OPENEDGES山田様(右下)

■DSF2025 特別企画

DSFでは毎年、講演以外の催しとして実行委員発案による特別企画が行われている。
今年行われた特別企画は下記の4企画で、いずれもセミナー会場に訪れた参加者から高い評価を受けていた。

・DSF選書2024「エンジニア必携の一冊」
 講演者およびセミナー関係者の推薦書籍を展示するDSF恒例企画。今年は下記10冊が展示されていた。熱心に立ち読みする姿が多く見られました。

プログラマーのためのCPU入門:DSF実行委員推薦

n月刊ラムダノート Vol.4, No.1(2024):ラムダノート様推薦

ゼロから創る暗号通貨: 株式会社シーズ 後藤 勝由様推薦

コンピュータの構成と設計 MIPS Editoin 第 6 版 上/下: Takenobu Tani様推薦

プラトンとナード 人とテクノロジーの創造的パートナーシップ:株式会社デンソー 岩井 明史様推薦

[入門+実践]要求を仕様化する技術・表現する技術 -仕様が書けていますか?: 株式会社リコー 萩原 篤様推薦

はじめてのロボット創造設計: アスラテック株式会社 吉崎 航様推薦

ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか: ルネサス エレクトロニクス株式会社 開本 晃司様推薦

・パネルディスカッション 「LSI設計/検証へのAI活用」
 セミナー会場限定非公開の形で行われたパネル・ディスカッションは立ち見の出る人気。AIをどう設計/検証業務で活用するか?活用できるか?について、3大EDAベンダのパネリストを交えて熱い議論が繰り広げられました。

※パネル・ディスカッションの風景

・初心者向けワークショップ – ROSを使ってドローンを飛ばしてみよう!
 セミナー会場内のオープンスペースで実施されたROSのワークショップ。参加者の皆さん真剣にプログラミングを行い、ドローンの飛行を体験されたようです。

※ROSワークショップの風景

・Retrievable Space Balloon -DSF実行委員のものづくり企画-
 カメラ付きバルーンを成層圏まで飛ばして回収という本企画は5年目に突入。今回のDSFでは活動報告としてランチタイムに講演が行われました。「DSF特別企画 スペースバルーンでゆるく夢追う大人たちの軌跡の紹介」

※スペースバルーン企画の講演風景

■スポンサー展示

イベントスポンサー32社のうち24社が様々なソリューションを展示していました。

※会場展示の風景

今回も内容満載だったDSF。来年は場所をみなとみらいに移し、より大きな会場で開催される予定。
開催日は2025年10月7日(火)、イベントの詳細がまとまり次第、当サイトでも紹介させて頂きます。

Design Solution Forum 2024 スポンサー企業(順不同)

OPENEDGES Technology, Inc.
Quadric
日本リアルインテント株式会社
株式会社メガチップス
ソルベスト株式会社
株式会社デンソー
チップス&メディア株式会社
株式会社ネクストリーム
アーム株式会社
Intellectual Highway株式会社
株式会社ベリフォア
株式会社ファインデザイン
産総研・東大/AIチップ設計拠点
株式会社プライムゲート
株式会社シルバコ・ジャパン
株式会社システム計画研究所
アルデック・ジャパン株式会社
日本シノプシス合同会社
リネオソリューションズ株式会社
日本シーバ株式会社
日本ケイデンス・デザイン・システムズ社
ファラデー・テクノロジー日本株式会社
SiFive Japan株式会社
アルテアエンジニアリング株式会社
株式会社 日立産業制御ソリューションズ
Secure-IC株式会社
京都マイクロコンピュータ株式会社
Codasip GmbH
東芝情報システム株式会社
アダプティブコンピューティング研究推進体(ACRi)
シーメンスEDAジャパン株式会社
ラムバス株式会社

= EDA EXPRESS 菰田 浩 =
(2025.02.05 )