デスクトップ利用は無料、大手製品に匹敵する論理シミュレータDSimを手掛けるMetrixのビジネスとは?

2024年6月23日よりサンフランシスコでDAC(Design Automation Conference)が開幕した。

このタイミングで少し前から巷で話題となっている論理シミュレータ「DSim」に関する情報が流れてきたので、DACに出展中の「DSim」を手掛けるMetrix Design Automationについて紹介したい。

Metrix Design Automationは、2017年設立の新興EDAベンダでカナダの首都オタワに本拠を置く。従業員数推定20名程度の小さな会社だが、同社の会長はEDA業界のレジェンド Joe Costello氏が務めている。

Metrixの提供する論理シミュレータ「DSim」はASICクラスのフル機能のシミュレータで、HDLとしてはSystemVerilogとVHDLをサポート。LLVMベースで開発に10年を要したという同シミュレータはUVM、SVAもサポートしコードおよび機能カバレッジの機能も備え、市販の大手EDAベンダのシミュレータと同等の性能を持つとされている。

驚くべきは、この「DSim」はデスクトップ利用は無料でライセンス費用がかからない。「VSCode IDE」に組み込まれており、誰でも容易にセットアップ可能で(Metrix曰く10分以内にシミュレーション可能)、無料ツールにありがちな利用期限やコード量などの制限は一切なく普通に利用できる。

ではMetrixは何でビジネスをしているのか?

Metrixは「DSim」をクラウドで実行する際にユーザーから費用を取る。つまりMetrixのビジネスはSaaS型のビジネスで、クラウド環境を用いたシミュレータの利用に対して課金する。しかもその費用は最低料金で1.5セント/分/サーバーと驚くほどに安い。(利用するクラウド上のマシンにより2セント/分/サーバー)

もちろん「DSim」のライセンス費用は不要。初期費用も不要。使用した分だけ費用が発生する完全従量課金制で「DSim」をクラウド上で24時間365日間稼働させてもたったの7,884ドルしかかからない計算だ。

Metrixのサービスの大きなメリットはクラウドを利用したリグレッション・テストの高速実行で、自らテスト環境のインフラを管理することなく、大規模テストを安全かつスケーラブルに実行することが可能。EDA関連の情報サイト「Deep CHIP」に掲載されている事例によると、 オンプレミスのサーバー1台で無料の「DSim」を使って実行するのに10時間を要した1,500件のテストケースを、Azure上の100台のサーバーで分散実行したところ7分で完了。そのコストはわずか8ドル90セントだったという。同じことを大手EDAツールでやろうとするとシミュレータのライセンス1,500本に相当な費用を支払う必要があるということで、そのコスト的なインパクトは非常に大きい。

Metrixは、サーバー・ファームと高価なEDAライセンスの管理は過去のものになったと主張しており、Joe Costello氏はMetrixの提供する破格のSaasサービスにより、論理シミュレータの利用に伴う業界の常識を覆そうとしている。日本国内においてはシミュレータを用いた大規模なリグレッション・テストのニーズは決して多くないかもしれないが、論理シミュレータを利用する全てのユーザーにとって「DSim」は無視できないツールになるかもしれない。

Metrix Design Automation

= EDA EXPRESS 菰田 浩 =
(2024.06.26 )