連載:テスト生成と再利用性を高めるポータブル・スティミュラス
連載:テスト生成と再利用性を高めるポータブル・スティミュラス
EE Tech Focus合同会社 三橋 明城男
今回より4回にわたり、アクセレラで標準化が進むポータブル・スティミュラスについて紹介する。第1回目は、アクセレラと標準化活動について、またポータブル・スティミュラスのスコープについて解説する。
アクセレラとは
Accellera Systems Initiativeという設計技術や検証技術の標準化を推進する団体組織をご存知だろうか。2000年当時、IEEEにおいて膨大な時間と労力を要していた標準化を加速する(accelerate)ことを目的として設立された団体で、VHDL InternationalとOpen Verilog Internationalの統合をその前身としている。2011年にはOSCI(Open SystemC Initiatives)を吸収し、AccelleraからAccellera Systems Initiativeへと名称を刷新し、システムレベルの設計や検証に関する活動や標準化での実績を上げている。
図1. Accellera Systems Initiativeのロゴ
アクセレラはボードメンバーと彼らにより投票された幹事(主査、副主査など)により運営され、その下に標準化対象ごとのワーキンググループによって組織されている。参加企業はEDAベンダ、半導体設計会社、ファウンダリ企業、IPベンダ、コンサルティング会社など、多様な業態のメンバにより構成されている。この多様性に富む視点は現実的な標準を策定する上で欠かせない。例えばローパワー設計フォーマットの標準化について見てみると、設計者の興味は記述性や既存設計手法との親和性であり、EDAベンダの興味は検証性能への負荷やセマンティクスの厳格さ、曖昧さによるツール実装性や性能かも知れない。またIPベンダの興味は半導体プロセスに依存しない流通やサポートの負荷であろう。そして何よりもローパワー設計としてどのような設計が実装できるかは、半導体製造性やプロセスのロードマップに沿ったものでなくてはならない。それぞれが異なる要件を一堂に付き合わせることで、「現実的な標準」への近道となる。
またIEEEへの「現実的な標準」の寄贈と、既存標準の更新作業も重要な活動である。例えばUVM(Universal Verification Methodology)はIEEE 1800 SystemVerilog言語を用いて機能検証メソドロジを実現するライブラリを策定しているが、そのライブラリはIEEE 1800.2ワーキンググループへと寄贈され、IEEEとしての標準化が進んでいる。ここで注意されたいのは、アクセレラ標準がそのままIEEE標準となるわけではないことである。新たな技術や標準をいち早く取り入れることを戦略の1つに据えるならば、常にアクセレラやIEEEの活動を注視する必要がある。
最新の標準化と商用実績の活用
アクセレラが新たな標準を策定すべくワーキンググループを設置する際、その背景には設計や検証上で予測される新たな課題や生産性の著しい低下といったディスコンティニュイティー(不連続性)がある。その課題に対する解を業界として提供することがアクセレラの存在動機であり活動目的となる。
現在のアクセレラの活動の中で新規標準の策定が進んでいるのは機能検証のテスト生成に関するポータブル・スティミュラスと呼ばれる技術で、ワーキンググループ名は「Portable Stimulus Working Group」である。ポータブル・スティミュラスのゴールは、テストやスティミュラスの再利用性、可搬性の向上である。そのスコープにはブロックレベルからシステムレベルへという垂直型と、シミュレーションからエミュレーション、FPGAプロトタイプなど異なる検証プラットフォームに対する水平的な活用がある。またプロセッサで実行される組込みソフトウェアのOSやミドルウェア、ドライバなども、SoCのハードウェアを駆動する意味合いから、その活用もスコープに含まれる。
この設立にあたっては、まずPWG(Proposed Working Group)を設置し、2015年の5月から12月までの期間にリサーチを行い新たな課題を定義し、さらにその解決法について20社37名から寄せられた要件を100に及ぶ要件リストへとまとめている。それを踏まえた上で、正式なワーキンググループとしてボードメンバーが承認するという手続きが取られる。主査や副主査を決め、キックオフミーティングを開催し、ミッションステートメントと活動内容および成果物までのマイルストーンを決める。
ワーキンググループの活動を効率よく進めるために、業界からの寄贈も募集する。特に商用実績のある技術は歓迎される。標準仕様を白紙状態から開発するのに比べ、効率よく高い実現性が見えるからである。ポータブル・スティミュラスで言えば、メンター・グラフィックスはその商用実績のある技術を寄贈している一社であり、具体的にはQuesta inFactの実績がそれにあたる。詳しくは同社のNews & Views onlineという広報誌をご覧いただきたい。
商用実績のある技術の寄贈がワーキンググループやコミュニティから歓迎されるのは前出のとおりであり、疑う余地もない。しかし寄贈する側のメリットは何だろうか。1つのケースは社内開発や買収によって得た技術によって充分な差別化が見えている場合の戦略的なアプローチである。例えばカバレッジのデータベースが差別化のための土俵となり得ると踏んだ場合、そのデータベース仕様そのものを寄贈するのではなく、データベースに対するAPIを寄贈し標準化することで、得意な技術で競争を有利に進めることができる。標準化にあたっては、供創と競争を明確化することが極めて重要となる。もう1つのケースは、商用実績のある技術を使っている既存ユーザの設計資産や検証資産を守るという意味合いである。ユーザはたとえ標準でなくとも先進技術を先取りし、製品をいち早く市場投入したい。一方で特定ベンダの技術に縛られることなく、健全に競合する複数の選択肢が存在することを望む。このようなユーザのニーズが標準化や技術寄贈を促しているのも事実である。
将来の技術情報の獲得機会
アクセレラの役割には単に標準仕様を策定するだけでなく、それをIEEEに寄贈し、IEEEにおける標準化活動にも参画するという使命がある。また標準仕様をいかに広くプロモーションするか、いわゆるマーケティング活動も使命となっている。サイトの運営と更新はもちろん、メールニュースの配信なども行なっている。日本国内にいると、このような情報へのアクセスすら億劫になってしまいがちだ。しかし考えてみれば、アクセレラの活動から得られる情報は、将来どのような設計技術や検証技術が出現するのか、あるいは既存の標準言語やフォーマットの更新などに関する情報である。積極的に活用するべきであるし、むしろ積極的に標準化に参加すべきであろう。
次回予告
次回はポータブル・スティミュラスを実現するための技術的な要素、主にトランザクションよりも高い抽象度による記述と、グラフ概念を用いたスティミュラス構成、EDAツールが果たす役割であるスティミュラス生成の自動化などについて紹介する。
■筆者プロフィール:
三橋 明城男(みつはし・あきお)
EE Tech Focus合同会社 代表社長
www.eetechfocus.com
半導体設計、組込みソフトウェア開発、米国EDAベンダにおけるエンジニアリング・マネージャー、マーケティング・ディレクターなどを経てEE Tech Focus合同会社を設立。現在はコンサルティングやマーケティング支援、海外の技術情報のキュレーションなどのビジネスを展開している。