30年来変わらぬオーディオ製品の開発手法にイノベーションを〜DSP Concepts社ウェビナーレポート
2022年6月15日、オーディオ・システムに特化した開発環境を手掛けるDSP Conceptsは、日本で初めてとなるウェビナーを開催。80名近くの聴講者が参加した。
ウェビナー紹介ページ:https://www.eda-express.com/2022/05/dsp-concepts-1.html
ここでは同ウェビナーの内容についてレポートする。
ウェビナータイトルは「世界で採用が進むオーディオ開発の業界標準"Audio Weaver"の全貌」、約1時間、DSP ConceptsでJapan/APAC Sales Managerを務める白濱氏が同社のソリューションについて説明してくれた。
■DSP Conceptsとは?
まず製品の話の前にDSP Conceptsの紹介。特に会社概要的な話は無かったが、そんな事よりも実績をと言わんばかりに白濱氏が語ったのは、ワイヤレス・イヤホンからサウンド・バー、各種オーディオ製品に限らず、クルマや家電、IoT機器や医療機器など様々な製品分野における採用実績で、既に自動車業界では同社の開発環境「Audio Weaver」がデファクト・ツールになりつつあり、メーカーの求人案内にはC言語と合わせて「Audio Weaver」のスキルが条件として掲載されているとか。VRゴーグル「Oculus」を手掛けるMeta(旧Facebook)では全社的に「Audio Weaver」が採用されているほか、高級サウンドバー売上首位のSamsungでは同社しか持っていないマルチチャンネルのエコー・キャンセルに対応したオーディオIPも採用しているなど、とにかく実績については話題に事欠かない様子であった。
※画像は全てDSP Concepts提供のデータ
■DSP Conceptsのモチベーション
白濱氏によると、同社の大きなモチベーションは「オーディオ開発のイノベーション」で、30年来変わらぬオーディオ製品の開発手法を変えること。具体的にはオーディオのアルゴリズム開発と実装レベルのコーディングのギャップを埋めることにある。古典的なオーディオ製品の開発では、まずアルゴリズム開発者がPCベースでアルゴリズムを開発、次にそのアルゴリズムを元に組み込みソフト開発者がターゲット・デバイス専用のフレームワークとライブラリを用いて実装用のコードを書く。つまりアルゴリズム開発と実装が別工程としてそれぞれ別の環境で仕事をする形となるが、「Audio Weaver」はそれを2-in-1の形で一元化し両工程のギャップを埋めることが可能。PCでGUIベースで作ったアルゴリズムをわずか2クリックでターゲット・デバイスで動かせる。何よりもこれが「Audio Weaver」の最大の特徴だと白濱氏は語る。
■「Audio Weaver」の秘密
GUIベースでオーディオ・システムを開発できるツールは既に世の中に存在しているが、それらツールと「Audio Weaver」の違いは何か? その違いはたった一つ決定的なものだ。 白濱氏の言葉を借りると「アセンブラレベルで最適化された製品レベルのオーディオ実装が可能かどうか」だ。「Audio Weaver」によるオーディオの開発は、用意されている550種類以上のモジュールを用いて行うが、これらモジュールによって駆動される組み込みオーディオ処理エンジン/ライブラリは、サポートするデバイスの命令セットに対して予め最適化されているため、人手で書かれた実装コードと同等のパフォーマンスを実現することができる。つまり簡単に表現すると「Audio Weaver」は、何種類もの組み込みプロセッサ向けに個別に最適化された部品を簡単に組み上げることができる環境なのだ。だからターゲットデバイス用のモジュールを接続し各種パラメータを設定するだけで、品質の高い製品レベルの実装がわずか2クリックで可能となるのだ。
白濱氏によると実際に国内の新規ユーザーが初めて「Audio Weaver」を試したところ、人手の実装と同等のパフォーマンスを確認。そのユーザーはそのパフォーマンスよりもそのパフォーマンスを得るために要した工数にとても驚いていたという。恐らく複数人で数ヶ月要して作ったコードと同等の実装を「Audio Weaver」
はわずか1日、2日でやってのけたという訳だ。
なお白濱氏の説明によると、DSP Conceptsでは代表的なオーディオ向けプロセッサの命令セットは一通りサポートしており、未だ市場に出ていないプロセッサ・コア/新たな命令セットであっても半導体ベンダと協力して先行して環境作りを進めているとのこと。割とマイナーなターゲットであってもデバイスの未サポートを心配する必要は無さそうだ。なお、RISC-Vのサポートもロードマップには載っているという話だった。
■「Audio Weaver」の嬉しさ
ここまでの説明のように「Audio Weaver」は既存のオーディオ製品の開発手法を大きく変えるもので、色々な面で活用メリットを与えてくれる。まず、エンジニアは低レベル(アセンブラレベル)のコード記述から開放されるので開発のスピードが非常に早くなる。更にモジュールベースのグラフィカルな開発により、チーム開発もやり易くなる。そしてなるほどと思わせるのがOEMメーカーにとってのメリット。OEMとODMのインタフェースとして「Audio Weaver」が有れば、ブラックボックスだったODMの納品物の中身が分かり、チューニングや資産としての有効活用も可能になるという。更に白濱氏は、製品の実装ではなく差別化に集中できる点、コーディングの省略によりバグが減りリスクが低減できる点、生産性の向上により開発コストを削減できる点、などを「Audio Weaver」の活用メリットとして説明した。
そしてもう一つ白濱氏が付け加えたのが、「オーディオIPプラットフォーム」としての「Audio Weaver」の価値だ。「Audio Weaver」には様々なサードパーティのオーディオIP(ソフトウェア)が用意されており、それを利用することで簡単に製品が開発できる。つまりユーザーは各サードパーティと個別に商談することなく、「Audio Weaver」上のIPを製品に組み込むことが可能。例えば、Amazon Alexaの音声制御を組み込みたければ、「Audio Weaver」上でAlexaのIPを選択すればいい。
これはこれまで無かったオーディオ製品開発のエコシステムとしてOEMにとってもIPベンダにとっても嬉しいことで、業界における「Audio Weaver」の浸透を裏付けるように、現在も様々なサードパーティが「Audio Weaver」との連携に積極的に動いているという話だ。
■DSP Conceptの提供するIP
続いてDSP Conceptの提供するIPの紹介。同社のIPラインナップは大きく下記3種類。
特筆すべきは、これらのIPは全てオープンなIPとして提供されるという点で、リファレンス・デザインは「Audio Weaver」のブロック・ダイヤグラムとして提供される。もちろんユーザーの手でそれらIPをチューニングすることも可能だ。※サードパーティー製IPはブラックボックスとして提供
Talk Together:
双方向の音声通話用のIP、Alexa、ドアホン、ナースコールなどで利用可能
Talk To:
音声コントロールのフロントエンドIP、市場に数あるIPの中で特にノイズの多い環境で実力を発揮するIP
同IPはDSP Conceptを有名にしたヒット商品の一つ
Play Pack:
音の出力処理を行うIP、4種類のポストプロセッシングが可能
■開発環境とサービス
DSP Conceptは顧客の開発プロジェクトをサポートする開発キットやサービスも用意している。
「RAPID Kit」と呼ばれるキットは、PCベースでありながら物理的にオーディオのテストを行うためのキットで、製品開発におけるプロトタイピング等で重宝する。(※画像参照)
ニーズの高いTWS向けには各種サードパーティのIPを用意。同社のパートナーであるAIROHA社の提供するHiFi5 DSP搭載のBluetooth Audio SoCはTWS向けのおすすめデバイスの一つで、ユーザーに開放されている部分については「Audio Weaver」上で開発可能。また、ヒアリングエイド向けの超低レイテンシ処理用にDSPボードも用意している。開発後期には「Audio Weaver」を使いBluetooth経由でプロトタイプのチューニングを行うといったことも可能だという。
なお白濱氏によると、DSP Conceptsはサンノゼにラボがあり、Alexa, Microsoft Teams, Zoom向けのの認証サービスや各種自動車向けのチューニングサービスも行っているということだ。
■ユーザー事例
ウェビナーの締めくくりに紹介されたユーザー事例の中で面白かったのはFacebookの事例。同社では「Audio Weaver」を全社的に採用しており常時60人以上「Audio Weaver」のアクティブユーザーがいるとの話。白濱氏によると「彼らはローレベルのコーディングは自分達の仕事ではないと考えている」ということで、だからこそ「Audio Weaver」という選択なのだという。
もう一つ興味深かったのはTeslaの事例。Teslaは当初(2011年)モデルSの開発にあたり音作り全般をDSP Conceptに丸投げしていた。以降、現在に至るまでTeslaの全ての車両開発で「Audio Weaver」が使われているが、当初丸投げだったTeslaも開発を重ねることで「Audio Weaver」を習得。現在ではDSP Conceptの力を借りることなく社内のエンジニアが「Audio Weaver」を駆使して自力で開発を進めているという。
■まとめ
初めて「Audio Weaver」を知った時、GUIベースのオーディオ開発ツールと聞いてまずスマホアプリや業務アプリ、Webページ開発などで流行りの「ノーコード開発」をイメージした。しかし、デバイス依存の最適化が必要な組み込みソフトの開発で果たしてそれが可能なのか?と疑問を持ち、もっと別の類のツールなのだろうと勝手な解釈をしていたが、「Audio Weaver」の説明を詳しく聞き、ある意味期待は大きく裏切られた。「Audio Weaver」はまさにオーディオ製品のノーコード開発ツールだったのだ。
その仕組みはウェビナーでの説明の通りだが、550以上のオーディオ部品(モジュール)をデバイス/命令セット毎に最適化するという膨大なエンジニアリング作業によって「Audio Weaver」というノーコード開発ツールが実現されている訳だ。そこにDSP Concept社のオーディオにおける圧倒的なプロ仕事を感じるのは私だけではないだろう。
Sony、Subaru、Porsche、BMW、Arm、MediaTekなど、名だたる大手企業が出資するなど、DSP Conceptは既にワールドワイドで高い評価を得ているが、その実績はまさにオーディオ開発のイノベーションと呼ぶに値すべきものと言える。オーディオのプロフェッショナルが開発した業界初のノーコード開発ツール「Audio Weaver」。ご存じない方は、是非その実力をお試し頂ければと思う。
お問合せ先:
DSP Concepts Japan/APAC Sales Manager 白濱 mshirahama@dspconcepts.com