既製品では得られないPPAを〜カスタムRISC-Vプロセッサの実現に勝機を見出す独Codasip
2022年5月31-6月2日の3日間、RISC-V Days Tokyo 2022 Springがオンラインで開催された。
過去最大級の開催となった同イベントには多数のスポンサー、大学、支援団体が集まり、RISC-V関連の各種セッションが30近く行われた。
今回はRISC-V Days Tokyo 2022 Springで行われたセッションから、独Codasip社のプレゼンを取り上げて紹介したいと思う。
■EDAツールベンダCodasip
今回のRISC-V Days Tokyo 2022 Springにも複数のRISC-Vベースのプロセッサ・コアを手掛けるIPベンダが参加していたが、RISC-Vブームと言える昨今、多数のIPベンダがRISC-Vベースの製品を開発し世に送り出している。有名どころではSiFive、Andes。老舗のIPベンダと言えるMIPSやImagination TechnologiesもRISC-V市場に参入。先日はMicrochipがRISC-VベースのSoC FPGA「PolarFire」の量産を発表するなど、RISC-V関連の話題には事欠かない状況が続いている。
そんな中、若干異色の存在として映るのがチェコを起源とするEDAベンダCodasipだ。同社は特定用途向けプロセッサの開発ツールを提供するEDAベンダとして2014年に創業した企業だが、2015年にはRISC-V Foundationにファウンディング・メンバーとして参画。同年すぐに同社最初のRISC-V IP製品をリリースしており、EDAベンダでありながらRISC-VベースのIPベンダという顔も持つ。
Codasipが出荷したRISC-V IPは既に20億個以上ということで、IPベンダとして立派な実績を残しているが、Codasip ジャパン・カントリー・マネージャーの明石氏によると、CodasipのソリューションとしてはEDAツール、プロセッサIPのほかに「カスタム・プロセッサ」があるという。
Codasipは、1シリーズから,3,5,7シリーズまで大きく4カテゴリ(パイプライン段数)のプロセッサIPを提供しており、ユーザーはそれを購入してそのまま製品に組み込むことが可能だが、Codasipの提供するもう一つのソリューションであるEDAツール「Codasip Studio」を使えば、既製のRISC-Vプロセッサをベースに独自の命令拡張などを行い、用途に最適なカスタム・プロセッサを実現することもできる。
市販のプロセッサはある一点のPPAを前提に作られているため、ユーザー独自の要件にぴったり合うものを見つけるのは難しいが、RISC-VのISAは元々カスタマイズ前提で設計されているので、カスタムできるのであれば自らの要件に基づいてアプリケーションに最適なPPAを実現するプロセッサを作った方がいい。そのためのソリューションを一通り持っているのがCodasipの強みだと明石氏は説明する。
■プロセッサの高位合成ツール「Codasip Studio」
「Codasip Studio」は、特定用途向けプロセッサの開発ツールとしてRISC-Vに限らず様々な命令セットのプロセッサを設計することができる。その設計にはCodasip独自のアーキテクチャ記述言語「Codal」を利用する。「Codal」で記述した高位のプロセッサ・モデルを「Codasip Studio」に入力すると、高位合成ツールのようにプロセッサのRTLモデルと検証環境が自動生成される。これをCodasipはHDK(Hardware Development Kit)と呼ぶ。プロセッサのSDKとしてはLLVMで実装されたコンパイラ、シミュレータ、プロファイラ、デバッガなどISAの探求に必要なツール一式が自動生成される。
一般的にプロセッサをカスタマイズ(命令拡張)しようとすると、追加した命令のモデル化やシミュレーションに始まり、コンパイラなど各種SDKを直して検証を繰り返す必要があり、時間的にも費用的にもコストのかかる作業が強いられるが、そこを丸っと自動化してくれるのが「Codasip Studio」でプロセッサのカスタマイズというチャレンジングな取り組みを非常に容易なものにしてくれるという。
※画像は全てCodasip提供のデータ
■RISC-Vプロセッサのカスタム事例
プレゼンでは「Codasip Studio」を使ったRISC-Vプロセッサのカスタム事例が幾つか紹介されたが、印象的だったのはMicorosemi社のオーディオ・エコライザーの開発事例。Microsemiは新機能を追加した新製品開発に向けて新しい製造プロセスの利用を検討。ローパワーかつ低コスト化の実現に向けて既存製品のCortex-M4からCodasipのRISC-Vコアを用いたカスタム・プロセッサの開発に挑戦した。
Microsemiはまず一番ミニマムな「L30コア/RV32I」から開発スタートしM拡張命令を追加。後から更にカスタムDSP命令も追加した。その結果同じL30コアを利用しながらスループットは56倍向上、カスタムDSP命令の効果でソフトのコードサイズを3分の1以下に圧縮できた。一方で面積は約2.5倍になったが、これはカスタムDSP命令によるメモリの増大によるものだった。
驚きなのはこの命令追加の探求に費やした時間で、明石氏によるとたったの数日で検討を完了。更に興味深いのは、当初プロセスの移行を検討していた同デザインは、新しいプロセスではなく一つ古いプロセスでも所望の性能が出せることが判明。結果的に新製品は古いプロセスで製造することになり、大きく開発費を抑えることができたという。
その他にもアナログ・コンピューティングを用いた推論チップのMythic社ほか、多数の企業がカスタム・プロセッサの開発を目的にCodasipのソリューションを採用。各社ともに既成のプロセッサIPでは実現できなかったことをCodasipのIPコアとツールで実現しているという話だ。
■SweRVコアとユニバーシティ・プログラム
なお後日明石氏にインタビューしたところ、RISC-V Days Tokyo 2022では聞けなかった話を聞くことができた。
まずWestern Digitalの「SweRVコア」の話。
Western Digitalはいち早く製品開発にRISC-Vを採用した企業として有名だが、自社開発したRISC-Vベースの「SweRVコア」をオープンソースで公開している。聞くところによるとCodasipはWestern Digitalとの契約に基づき、同「SweRVコア」のサポートパッケージを提供しているという。サポートパッケージは、「SweRVコア」の利用ニーズに対応するもので、オープンソース化できないEDAツールのスクリプトや「SweRVコア」向けのソフトウェア開発環境など、技術サポートも含めて一通りの開発環境をCodasipが用意しているという。これは業界におけるCodasipの立ち位置と同社の技術力がなせるサービスと言えるだろう。
もう一つはCodasipのユニバーシティ・プログラムの話。
明石氏によるとCodasipは元々アカデミックな研究から生まれた企業として、かなり本気でユニバーシティ・プログラムを構築しており、大学など研究者や学生を支援しているとの話。具体的には研究支援向けに同社の「Codasip Studio」の提供と技術サポートを行っているほか、大学で利用できるRISC-Vを題材とした教育用のカリキュラムを修士および学士向けに豊富に用意している。教育の現場から「プロセッサの最適化」を普及すべくユニバーシティ・プログラムに力を入れているということで、日本国内の大学にも門戸を開いているという話。興味ある方はCodasip社にお問い合わせ頂きたい。