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「もう失うものは何もない」STARCシンポFY2011、東北大学加藤教授の講演

もう10ヶ月も前の話になるが、今年の2月に「STARCシンポジウム FY2011」が新横浜のホテルで開催された。同セミナーは、STARCによる技術開発活動の成果報告会という位置づけのものであるが、セミナーの最後を締めくくった東北大学、電気通信研究所の加藤教授の講演は、現在苦境に立たされている日本の半導体産業への提言として、非常に興味深いものであった。少々時間が経過してしまったが、半導体ビジネスを良く知る現役教授の貴重な提言として、加藤教授の講演内容を紹介したい。

STARCシンポジウム FY2011

加藤教授の講演資料

※講演タイトル「無線センサー応用とスマートグリッドを中心とした国際標準化」
 東北大学 電気通信研究所 加藤 修三 氏 

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※写真は講演する加藤教授


■加藤教授の経歴と実績

現在、東北大学電気通信研究所の教授を務める加藤教授は、元々NTTの研究所に在籍しASIC開発を手掛けていた人物で、その後のエンジニア人生も含め設計したASICは39品種。その内容もさることながら、一回たりともリスピン無しという驚きの実績で、大きな仕事としては以下の図に示すようなものがある。

STARC2011-02.jpg※画像は加藤教授の講演資料より抜粋(以下、全て同じ)


加藤教授は、講演でこれらの各設計実績についてのエピソードを語ってくれた。面白かったところを幾つか紹介しておこう。

・世界初の汎用TDMA LSIの開発(1986年)
同LSIは、恐らく世界最初の大規模無線装置のLSI化で、その内容はIEEEのジャーナルにも取り上げられた。通信衛星技術の世界のトップを目指し、トップが出来ない事を実現しようと、周囲から「無謀」、「出来るわけがない」と言われた衛星TDMA通信装置のLSI化に挑戦し成功。以降、3世代、20年間に渡り同チップをベースとしたシステムは利用された。

・世界初の商用PHSベースバンドLSIの開発(1994年)
同LSIは、世界初の同期検波やAPDCM符号化など15種の特許が利用されたチップで、世界最小電力、世界初2V動作、世界初のLayer2のランダム・ロジック実装を実現。商品としてかなり売れた。

・携帯電話用ベースバンドLSIの開発(1999年)
米国でIS-136のベースバンドLSIの開発から携帯電話本体の開発まで手掛け販売。携帯電話の量産から3ヶ月経たずに歩留まり90%超を達成し、米国における携帯電話製造の高歩留まりレコードを作った。


■設計とリスピン回避の検証手法

加藤教授によると、1983年当初はLogos,FLDLといった言語で設計を行ったが、使い難く煩雑な言語であったため「TegasV」に統一。しかし、「TegasV」ではクリティカル・パスのシミュレーションが出来なかったため、その後出てきた回路図入力の容易なMentor Graphicsのツールに乗り換えた。(1986年)商用PHSベースバンドLSIの開発で世界最小電力を実現できたのは当時のMentorのツールの恩恵だという。

当時、加藤教授はコンピューター上でMentor Graphicsのツールでタイミング・シミュレーションを行うと同時に、独自開発したFPGA入力プログラムを用いてASIC設計データをそのままFPGAに実装。現在で言うところのFPGAプロトタイピングに近い形で機能検証を行い、2通りのバリデーションをパスしたらテープアウトという形で設計を行なっていた。加藤教授はこの手法が39品種で一度もリスピンを出さなかった秘訣だと語った。

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■日本の半導体産業の凋落

加藤教授は日本の半導体産業の凋落の原因についても言及した。教授が自らの見方と類似する意見として紹介したのは、アーキテクトグランドデザイン株式会社のチーフアーキテクト豊崎禎久氏のコメントで、2007年に日経エレクトロニクスに掲載されたもの。DRAM依存体質から脱却できなかったこと、アナログと通信技術を軽視したSoC事業へ安易にシフトしたこと、「How to」から「What to」への転換に失敗したこと、などを挙げ、自らも同じように見ているとコメントした。

更に、加藤教授は日本は「IP」の重要性を認識していなかったと暗に指摘。無線屋として特許をASIC化していた加藤教授は、そういった独自のIPを確立し、それをデファクトとした製品を開発しグローバルに展開する事がチップ・ビジネスには欠かせないものだと考えていたとの事。そんなことからDRAM全盛の80年代当時、教授は半導体ベンダの部長クラスの人間何人かに「保護されていないRAM/ROMは止めた方がいい」と進言したが、全く聞く耳を持たなかったという。そして実際に日本のDRAMビジネスが衰退する一方で、IntelはIPのかたまりであるCPUで、TIはDSPで大成功を遂げ、その後にはQualcommのCDMA方式のチップ・ビジネスが生まれた。


■無線技術における国際標準化

無線技術の専門家である加藤教授の危惧は現在も続いている。無線通信の国際標準化において、日本が他国に遅れをとっているためだ。独自のIPを国際標準化に盛り込む事が出来れば、それはビジネス上の大きな武器となり、コスト競争に巻き込まれないチップ・ビジネスが可能となる。無線技術の世界ではそれをQualcommが実現し、殆どの携帯電話メーカーがCDMAチップでQualcommにロイヤリティを支払うに至っているが、加藤教授によると、これに続く新たな無線技術の標準化を狙う動きが次々と出てきているという。

例えば少し前の話となるが、標準化されたIEEE802.16「WiMax」は、SamsungやIntelなどのIPが多く埋め込まれた規格で、加藤教授曰くその標準化はSamsungとETRI(韓国電子通信研究院)の独壇場であったとの事。SamsungとETRIは標準化に向けて多数の投票者を集めたり、標準化の成果に対して20万ドルもの報奨金を出すなど(ETRI)、戦略的かつ積極的に自社IPベースの規格の標準化を勝ち取っており、「1社では無理」、「金がかかる」、「敗戦国は不利」などと口にするどこかの国の企業とは大きな違いが有るという。

尚、加藤教授はIEEE802.15.3cの標準化に日本チームの一員として取り組み、日本発の技術を用いた60GHzミリ波のWireless Personal Area Network(WPAN)規格の標準化に4年半かけて成功した。同規格はDVD1枚分のデータをおよそ10秒で無線転送可能とするもので、今後の実用化が有望視されている。加藤教授によると、規格の標準化自体が国際機関「ITU-R」での標準化から、よりスピーディーに標準化が可能なIEEEでの標準化にシフトしてきており、無線技術に関する端末側およびシステム関連の標準化は、IEEE発の規格が増加傾向にあるという事だ。

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■これからのSoC、そして日本半導体産業の再生

現在、加藤教授が力を注いでいるのは、無線技術の適応領域の拡大で、センサーに適用可能なスマート・グリッド国際標準化としてIEEE802.15.4kの標準化に取り組んでいる。同規格は、速度は重視せず100バイト以下の小さいデータを遠く(10-20km)へ送信するためのもので、これから進んでいくセンサー・ネットワークへの応用が期待できるという話。加藤教授は、これが標準化されチップ化出来れば、そこには新たな半導体ビジネスが生まれるはずとし、今必要なのは「マーケットを見つけてマーケットの要求をSoCに落とす人」と力説した。

加藤教授は講演の最後に、日本はより頭脳、IPを必要とする半導体産業に移行すべきとし、SoCはシステム設計能力が必要不可欠であり、既存のSoCマーケットへの後追い参入は価格勝負となり今の体力では勝負できないとコメント。更に、無線関連ではWLANで負け、スマートフォンでも負け、失うものはない状況なので逆に強気になれると語り、ニッチな分野でもまず新たな市場を見つけ、それに見合ったチップを作っていく事が日本の半導体の再生に繋がるはずと主張。大事なのは「負けを認めて」新たな一歩を踏み出し、国際標準となるべきSoCを開発することであると締めくくった。

東北大学 電気通信研究所 加藤・中瀬研究室

= EDA EXPRESS 菰田 浩 =

(2012/12/03 )

 

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