半導体と物理、アナログ回路とSpice Simulation
第五回:アナログ回路と制御理論
PI Research Labo(パイリサーチラボ) 代表 柳 孝裕
1. はじめに
アナログ回路を設計していて、組み込みのプログラムを書いたことがある人は知っていることなのですが、制御でよく使われるPI制御やPID制御の制御ダイアグラムを見ますと、アナログのフィルタ理論と同じ事に気づきます。ここでは、難しい制御理論ではなく、一般的なフィードバック制御とアナログ回路とを照らし合わせて解説していきたいと思います。
2. 数学的な意味
よくフィードバック制御という言葉耳にしますが数学的には以下で示される図で表すことが出来ます。(Opampの設計の本にも最初に出てきます)
増幅率Aとして帰還係数(フィードバック係数)をβとして
伝達関数H(s)は
と表すことが出来ます。
ここまでは、参考書通りです。
続いて、Opampを以下図に示します。
よく教科書・参考書に出てくる反転増幅回路です。
負帰還がかかっているのが分かります。
オーディオの世界ではNFB(Negative Feedback)と呼ばれるものです。
このようなOpampの利得(Gain)は
*導出過程は各自で計算してみましょう。(簡単です)
それでは、入力信号が反転しない非反転増幅回路は以下
3. それでは制御について考えてみます
制御の本には、よく一次系の応答、二次系の応答という言葉が出てきます。
回路では、インパルス応答とかで表現される部分です。
線形時不変システムLTI(Linear Time Invariant System)って言うと広義の意味で
捉え事が出来ます。
時間領域、周波数領域双方の変換が可能である事が証明できます。
そこで、まずLPF(Low Pass filter)を例にとって考えます。
下回路図の1次から4次のLPFの特性をSpice Simulationしてgain-frequency,
phase-frequencyの特性を表示しします。(グラフは回路図下)
制御では当たり前なのですが、このLPFの位相遅れ(制御遅れ)は高い周波数を
みると、それぞれ次数が上がるごとに90度づつずれているのがわかります。
回路設計では、位相が回転した部分はあまり見ないと思いますが、制御では
この部分まで使用します。
つまり1次遅れ2次遅れの意味は位相で表すところの位相遅れの事を意味します。
Wagner Filterと呼ばれますが、これはButterworse Filterのことです。
制御と回路設計では言葉が異なることがあります。
Wagner Filterの特性としては:
通過帯域はゲイン=0、位相変化=0
そして通過帯域を過ぎると,nを次数として
ゲイン:-6n dB/Oct -20n dB/Dec, 位相変化-90n degree
になります。
これを、数式で表現しますと、以下の式になります。
n=odd
n=even
これを覚えておくと、HDLAB様で講師をしている、Verilog-AMS初級講座でaplace関数の章で、伝達関数を求めよ!なんて設問があります。
これを知っておけば、この部分はすぐに答えが出てしまいます。
※ Verilog-AMS講座は、http://www.hdlab.co.jp/web/a010education/b018trainingexpt/0020verilogams.php
つづいてHPFについて、検証してみます
回路図で記述しますと、下図のようになります。
表現はいろいろありますが、簡単にRCで出来る、また高校の物理の授業では
積分回路として出てきた回路ですので、なじみがあると思います。
下図の回路は、1次から4次までのHPFの回路です。
さてSimulationの結果ですが、あれ?という結果に気づいた人は、かなり
制御に詳しいか、アナログ回路もかなりベテランの人だと思われます。
Spice Simulationでの位相は、通常電圧源に対してAC 1という記述を加えて
Vp-p=1(v)正弦波を入力して周波数解析を行います。
Phaseのグラフ(図の下)の位相の状態を見ますと。90度ずつ位相がずれていくのですが、2nd order→3rd orderでいきなり-90度になっているのは、Spiceでは最初の1周期からの位相しか見てないので、このようになっています。
この事を頭に入れながら、図を見ると、3次と4次の位相は360度ではなく0度になります。グラフに手を加えて書き直すと、下図のグラフになります。
これで、次数が1次増えるごとに、90度今度は位相が進んでいくのがわかります。
HPFの場合も、Gainについては、遮断周波数(カットオフ周波数)より低い周波数で6dB/oct(12dB/dec)で増加します。
このように、Spice SimulatorでSimulationしている人、アナログ回路設計者の半分以上の人がこのようなSimulatorの問題点に気づいていません。
位相が360度進めば元の終期波形と重なるので、正弦波のような周期波形の過渡解析では気付きようがないことです。
なので、Simulatorを使用するときは、十分注意しないといけません。
このように、まずは1次遅れという概念とLPFを理解するのは簡単です。
過渡解析の結果をみると、さらに理解がしやすいと思います。
入力信号源:V(in1)に対して1次の出力v(out1), 2次の出力v(out2), 3次の出力
v(out3), 4次の出力v(out4)を見ると、位相の進みが見えてきます。
(周期関数なので、遅れも進みもどちらでもとれますが)
ちなみに4次の出力がノイズ交じりになっているのは、Spiceの精度の問題ですので注意してください。理想的には、奇麗な正弦波が出てくるはずです。
4. PID制御
制御でいう1次、2次...の遅れを復習しましたが、次はいきなりPID制御について考えてみます。(長くなり過ぎたので...)
PID制御は、Proportional Control, Integral Control, Derivative Controlの意味ですが、図にすると以下図のようになります。
基準入力、そしてそれぞれのI (積分項)、D(微分項)に入っていき、P(比例項)にて制御対象に入力されます。
PIDのそれぞれがゲインを持ち、比例ゲイン、積分ゲイン、微分ゲインを持ちます。
勘の良いエンジニアの方なら、お?これは!アクティブフィルタだな?なんて
気づきます。
その通りです、具体的に分かりやすく回路で書くとこんな感じになります。
このPID制御(ここではアナログ制御を例にとります)を回路にしてみますと、
以下の回路の合成であることがわかります。
Integral Control:=積分回路を表すと、基本はLPF特性になります。
Simulation実行してGainを求めます。
ここでは、OP-ampのゲイン(比例部分)を1にしています。
カットオフ周波数(-3dB)は、fc=1/2pai*RCで15.9kHZ簡単に計算出来ます
Simulation結果とほぼ同じ(完全に同じではありません)
続いてDifferential control
Differential Control :=微分回路で表します。
特性はHPFの特性になるはずです。
同様に、比例部分のゲイン=1にしてますので、通過帯域のゲインは0(dB)になっています。Simulationの結果は、以下になります。
これらを組み合わせると、簡単にアナログ回路のPID制御回路ができあがります。
このまま足しただけでは、ゲイン=1(0dB)なので駄目ですが...
制御対象物にもいろいろありますが、大体が、ある周波数範囲に反応する物が
多いような気がします(正確を期すために、あいまいにしておきます)
また制御対象物がDCオフセットばりばりに出るものは、低周波の比例制御の
ゲインを落としたりします。この回路でかなりフレキシブルな制御が可能です。
なので、マイコン制御の前の世代から広く使われてきました。
では、上記二つを足すとどうなるか?
分かりやすくする為に、赤:LPF、青:HPF、黄色:LPF+HPFにしています。
このグラフの回路は以下になります。
この回路の欠点は、微分のゲインを変えると、積分ゲインまで変化して
独立して変化させることができません。
なので、実際は、これに抵抗を付け足して、以下のような回路図で使用される
ケースがあります。
(というか、実際に某自動車部品会社のA/F制御に使用されていました。)
Simulationしてみますと分かりますが、こんな、特性になります。
DC?ある帯域までフラットなゲインで、そして制御対象の最も詳細な制御
がいる部分にはゲインをさらにあげて、ばっさりと遮断する特性です。
しかしながら、この回路の遮断特性は、一次の特性なので-20dB/decですから
それ以上を求める場合は、次数を上げる必要があります。
5. まとめ
もう少し詳細に制御とアナログ回路について書くつもりでしたが、紙面の都合でまた機会があるときに、DSP制御やマイコン制御、そして最近比較的新しい、制御理論:GAや遺伝的アルゴリズムまで踏み込んだ記事を書いてみますので、少々お時間をください。
そして制御と言えば、安定性も踏み込んでみたかったのですが、これは、第7回で制御とSpiceの積分法と称して書きたいと思っています。
アナログ回路が難しいのは、実は制御やいろいろな理論と密接に関わってるからで回路設計の難しさではありません。理論的に学習すれば、アナログ回路の設計は、その一部に過ぎない事がわかります。制御安定性を知るためには、さらに難しい数学的知識を要します。そしてその知識があれば、Spiceの積分法が理解出来ます。数学と物理学の基礎をしっかり固めることこれが、本当のアナログ回路を理解することになります。実際、高周波のMMICを設計されていてアナログバリバリですという方いましたが信号処理理論全然知らなくて、デジタルフィルタ、そして最近のイコライジング技術まったく知識がない方がおられました。これはアナログ設計バリバリとは、程遠いです。実はこういう方が非常に多い気がしました。ある会社の社長さんの言葉で、今の日本のアナログ技術って問題だけど、昔のアナログ回路バリバリの人と呼ばれていた設計者は実は、アナログ回路の設計経験だけで理論的な事は、ほとんど理解されてなかったのでは?と言われていました。
これには、私も同意見です。
経験を教えるのは、職人文化の世界で、会社で経験を教えるのは非常に難しいからです。理論的に体系づけて理解されていれば、きちんと教育されていて今もその知識や経験が引き継がれているはずですし。
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II. Spice 中級講座: 開催 3月22日
4月以降 Spice Intermediate courseに改名
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III. Verilog-AMS講座: 開催 3月16,17日(二日間)
今年から二日間コースになり、演習問題とテストで学習度合いをチェック出来ます。
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http://www.hdlab.co.jp/web/a010education/b018trainingexpt/0080sipisimulation.php
次回
第六回:アナログ回路シミュレーションのSpiceの限界精度の調べ方。
第七階:アナログ回路と制御、Spice Simulationの積分法との関係。(最終回)
Reference:
凸版印刷:Mathematica DSPと制御 小野裕幸
協力および使用ツール :SILVACO社 SmartSpice /GATEWAY /SMATVIEW
:Hspice/ Cscope
著者プロフィール:
PI research LABO(パイリサーチラボ)
代表 柳 孝裕(やなぎ たかひろ)
URL: http://www.pi-rlabo.com
現在はまっている事:トマト栽培
尊敬する人:レオナルドダヴィンチとアインシュタイン
趣味:オーディオ、自転車、音楽、写真、天体観測、物理学、トマト栽培
夢:大学に戻って物理学の研究,
現実:最近南国に移住計画を計画中