半導体と物理、アナログ回路とSpice Simulation
第三回:アナログ回路と物理
PI Research Labo(パイリサーチラボ) 代表 柳 孝裕
1. はじめに
前回は『アナログ回路と芸術』と言う事でしたが今回は、物理です。
3回目と言う事で、既に批判じみたコメントが定着して来ましたが、それなりに理由のある事ですのでご了承ください。
2. さて物理とは?
私自身、物理は大好きですが、一言、物理とは変な学問だと思います。物理を学んだ事が有る人は気づくと思うのですが、物理学というのは、全て仮定して物事を進め答えを導きだします。当然、あり得ない答えも導き出されますが、そこが物理、正しい方へと方向修正した仮定を導き出し、あたかも正しいと思われる答えを出します。 有名な話でいえば、ブラックホール理論、そして宇宙に関する様々な理論。これらは、全て仮定から成り立っています。未来には、いずれかの仮定が正しくて、どれが間違いか、明らかにされると思います(笑)
Rik:リッチテンソル, gik:計量テンソル,Tik:エネルギー運動量テンソル
実は、ここに物理学の本質があります。
物理学では、既知な事を含めて全て、条件として仮定から入ります。(あまり断定的な事をいうと先生方に怒られそうですが...)
なので、導き出される答えには、間違いはありません。仮定に基づいた答えが導き出されます。個人的に物理学というは、実は純粋な学問体系がなく、いろんな自然科学の学問と混在だと思っています。
物理学、私が専攻していた、相対論では、数学の代数論、リーマン幾何学等難解な数学が必須で、理解を進めるのにはかなりの数学的な準備が必要です。
さらに拍車をかけているのが、ミチオ・カク著の超弦理論とM理論で紹介さている超原理論は、リー代数、多様体理論等、中身は超難解な数学です。しかしながら意外に知られてない事実に、物理学者には宗教学、哲学に関係が深いと言われています。きっと強靭な信念が必要だからなのでしょうか?
では、物理学と同じ理学系でも工学系はどうでしょうか?
工学は、世の中に実証された理論を基に物事を進めます。さらには、それらを組み合わせたシステムおよびアプリケーションの組み立てを行います。仮定はありません。なので、答えはシンプルです。正しいか間違っているか。正しい答えを常に求められます。物理学を掘り下げる学問とすれば、工学は積み上げる学問ってとこでしょうか?
これが、タイトルになんの関係があるのか?と言われそうですが実は、多いに関係があります。アナログ回路と物理を説明しながら、追って詳細に踏み込んで行きたいと思います。アナログ回路と物理で共通に出てくる単語として、対称性、保存則、厳密解そして試行錯誤のアプローチがあります。
3. 対称性
前回、アナログ回路と芸術の部分でお話した事に、レイアウトの対称性がありました。実は、物理学では、よく対称性が現れます。量子力学の分野では、必ず現れます。例えば、電子の+(正)ー(負)、磁石のNとS、力学の作用、反作用等通常の物に対して、反○○とか、いろいろ対象となる物が存在します。アナログ回路の設計では、これらの対称性を利用して精度の良い回路設計を行います。
4. 保存則
次に保存則です。物理学の多くの仮定がここから(保存則)来ています。例えば、エネルギー保存則より...とか電荷の保存とか保存則と名がつく物は良く利用します。そして一方で、アナログ回路ではどうでしょうか?実は少ないですがいくつかあります。まずはキルヒホッフの電流保存則、電圧保存則が最初に思い浮かぶのではないでしょうか?その他、電荷の保存則、エネルギー保存則等もある回路や解析では必須になっています。結構似ていますね。
多くの、物理法則は、限定された条件で厳密解を導く事が出来ます。アナログ回路の場合も例外ではなく、ADC/DAC等では、目標となる精度(電圧、電流値、SN比、周波数等)が存在しますし、電源等、発振回路等もそれに該当します。アナログ回路設計において数値の仕様の達成は必須です。厳密解という用語は使いませんが、絶対値、絶対精度仕様には出てくる重要な用語です。
6. 試行錯誤
アナログ回路の設計者であれば、常に試行錯誤で、可能性を見つけて試作をした事があると思います。物理学もそうで、常に試行錯誤のプロセスが非常に良く似ています。
1. 可能性(仮定)の考察
2. 設計&試作(考察&試行)
3. 試作品評価(仮説の評価)
4. で駄目なら駄目な理由の解析(問題点の解析)
5. 修正
()内は物理のプロセスを表しますが、アナログ設計と良く似ています。(無理矢理当てはめた感は否めないですが...)
また、仮定から判明する実際の現象も起るのも物理学と良く似ている所だと思っています。
7. 物理学の重要性
実は、最初に出て来た(a)はアインシュタイン方程式で、アイシュタインが一般相対性理論中で場を解くのに用いた式です。EDA的な表現をすればField Solver(フィールド・ソルバー)の式と言ったとこでしょうか。世の中、ソルバーと名がつく物はいろいろあります。例えば、Spice_のエンジンもソルバーと呼びます。一般的なのでは電磁界ソルバーですね。数学的には、どれもMatrix Solverと呼ばれ、収束判定解の要素に関わらず、ほぼ収束判定はNewton-Raphson(ニュートン/ラプソン法)を使用しています。ソルバーの種類にはいろいろありますが、ここでは、説明を割愛させて頂きます。
突然何故にソルバーが出て来たかと言いますと、実はEDAに携わる多くの人は工学部出身で理学系は少なく、半導体業界全体も同様ですが、EDAツールをサポートしている人もこれにもれず、上記の事を知っている人は非常に少ないのです。Spiceソルバーを知っていても電磁界について知らない、逆もそうで電磁界ソルバーを知っていてもSpiceを知らない。つまり少しでもMatrix Solverに興味を持ち、少し掘り下げて勉強すれば、高等教育を受け大学を卒業した理系のエンジニアであれば、気付く内容なのです。
ここ数年、回路設計者についても同様な事が言えまして、回路Simulationは走らせるだけ、早ければ良い、実測と比較して良いか悪いか、最悪なのは、他のSimulatorと結果が違う等々、本来のアナログ回路の設計者ならば、自分で解決することを他に投げてきます。積み上げるだけでなく、結びつける力も身につけて欲しいと思っています。
ということで、話も結び付けて(無理矢理ですが)行きます。
アイシュタインは、(a)で世の中の場を表現しようとしました。(統一場の理論の構築です)いろいろ試行錯誤しましたが、結局、場の統一する事は出来ませんでした。しかしながら、アインシュタイン方程式には、驚く程の意味が隠されています。この式を変形すると物体の運動とエネルギーの保存則が導かれます。また同様にMaxwell方程式※も含まれています。
言いたい事としては、物は一方向だけでなく、多面的に見て特性を捕らえなくてはいけないと言うことです。
おそらく、99%の人が知らない事実を取り上げたので、初めて知る方も多いとはずです。(大学の先生に知らない人がいるそうです。) ※ Maxwell方程式の第2
ここでも注意が必要で、Maxwell方程式は、全電荷の保存の式を表し電磁波の運動方程式を表しているが、電荷の運動方程式は含まれていません。
言い換えれば、電荷の分布と運動を任意に指定することができます。
一方でアインシュタイン方程式は、電荷の分布と運動を解く事が出来ます。
詳細は、調べてみて下さい。
8. 最後に一言
日本の半導体業界は1990年に在る意味頂点を極め、それとともに国や企業による投資で、研究開発プロジェクトや理系大学に多大なお金が投入されました。しかしながら、現在その成果はどうでしょうか?バブルが崩壊して今年で20年になりますが、日本の半導体業界は復興するどころか、差をつけられ始めています。どうしてこのような事が起きたのか、真剣に一人一人が考えて行動しなければいけない時代になってきています。その主たる要因は、やはり教育にあるのでは思っています。ここ10年各企業のエンジニアと向き合って話したり、一緒に仕事する機会を多く持ちましたが、つくづくこれを感じます。そして市場がうわべだけのエンジニアを求めているのもこれに拍車をかけています。今大学では、大学の予算にもよりますが、EDAツールを基本は無償で使え、先端プロセスで先端の回路の研究が出来ます。でも大学から企業に入ると、パッタリその人の名前が消えてしまっています。国からの半導体業界およびプロジェクトへの投資は、増減はあるもののかなりの額が投じられています。何故にこのような状況になっているか人事でなく考えて欲しいです。半導体の世界は、非常に幅広い分野の技術が必要で、半導体の材料では化学、ステッパやマスク等では光学、回路やEMI等の評価では電磁界、回路Simulation、半導体装置位置合わせ技術は機械工学等々です。一方で、バブルがはじけてから、良い事もあります。各個人を尊重する社会になって、個人レベルで意見が尊重される時代になっています。
締めとして、家で例えると、物理学は基礎、その上に立つのが工学になるかと思います。強い基礎に立てられる、家は頑丈そのものです。今の日本、見かけは立派な家ですが、基礎がガタガタです。大学の工学部には民間から多くのエンジニアの人が行っています、経験と知識は豊富。
あとは、基礎学問をしっかりと教えていただきたいと思います。
ここで、少しだけ宣伝です。
HDLABで開催するSpice Simulationの講座は、単なるSpiceの講座ではありません。Spiceと連携するツールの紹介を含めて、Spice Simulationに使用されている技術、使用注意点、特徴を踏まえた講座をしております。現在、初級講座と中級講座に分かれまして初級では、一般的なSpiceの記述をマスター、そして収束しなかった時の対処方法や、精度の上げ方等より実践的な内容をご紹介します。中級講座では、RF-CMOSで必須なHB法、PSSの解析手法、そしてノイズの解析等を増幅回路の例題を通して学習していきます。
またVerilog-AMS講座では、単なるテクニックではなく、Spiceの精度を踏まえた
Verilog-AMSのSimulationの方法をご紹介しております。
Spice Simulation初級講座:
http://www.hdlab.co.jp/web/a010education/b018trainingexpt/0025spicesimulation.php
Spice Simulation中級講座:
http://www.hdlab.co.jp/web/a010education/b018trainingexpt/0075spicet.php
Verilog-AMS講座:
http://www.hdlab.co.jp/web/a010education/b018trainingexpt/0020verilogams.php
次回
第四回:アナログ回路と電磁界(変更)
第五回:アナログ回路と制御理論(予定)
です。
Reference:
ランダウ=リフシッツ著:場の古典論(第6版) 東京図書
補足:
文章中の式:(b), (c)はシュヴァルツシルト計量とシュヴァルツシルト解と言います。
アインシュタイン方程式の厳密解の一つで、(c)はブラックホール表す解として有名です。
中心対称な重力場の厳密解として知られています。
著者プロフィール:
PI Research Labo(パイリサーチラボ) 代表 柳 孝裕(やなぎ たかひろ)
現在はまっている事:トマト栽培
尊敬する人:レオナルドダヴィンチとアインシュタイン
趣味:オーディオ、音楽、写真、天体観測、物理学、トマト栽培
夢:大学に戻って物理学の研究
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